落ち葉舞い散る、秋風の中で
その日は決戦に向けた最後の出発の日──
…になるはずだった。
−ひなた−
「まだイクシフォスラーの改造済んでないわよ」
「何をお前は偉そうなんだ」
「しょうがないじゃない、変なふうに作られてるんだもの。誰よ、これ設計したの」
「「お前だ」」
ハロルドが過去を去った後、「誰かが作った」イクシフォスラー。当初の設計から細々いじられている感に開きなおり発言を繰り出したハロルド。
一応は反論してみたもののいずれ、どうしようもないことだった。
7人は大人しくもう一日クレスタで日を明かすことになる。
「全く…今更焦ってもしょうがないが、この田舎町で何をしろというんだか」
昨日から孤児院でルーティを前に冷や冷やとした感情しか味わえないジューダスは、なんとなくそんな発言しかこぼせないわけだが
それがなかなかやぶ蛇だった。
「あら、することなんて山ほどあるわよ。あんたたち、ヒマなら家事を手伝いなさい!」
いつのまにか背後に現れたルーティ。
笑顔で今日の予定を言い渡した。
「…」
の場合はどうでもいいとして、その他
有無を言わせぬ笑顔に逆らえる者はおそらく、ここにはいない。
約1名を除き。
「なぜ僕がそんなことを…」
「働かざる者、食うべからずよ」
しっかりと呟きを聞きとがめられただでさえ渋かったジューダスの眉が、仮面の下で更にしかめられた。
これは確信的だ。
ルーティのジューダスを見る目はにやついている。
昨晩とルーティが話したことで、ジューダスの正体については判明している。
彼らが再び全てを終えて戻るまで、ルーティはそ知らぬふりをする、という構図がここに成立していた。
そんなことはつゆ知らず、強情と言うべきかこういう時は引き下がらないジューダス。
「だったら今日は宿にでも泊まる。それでいいだろ─…」
「じゃああたしはお昼でも作るよ。まとめて面倒見るの、慣れてるしね」
「私も…上手くないけどできるだけ頑張るわ」
金もたんまり貯まっている旅の終盤。なので宿に泊まるのも支障のないところ、せっかくだが仲間たちが「お手伝い」に前向きになってしまったため鉄の反論も埋没してしまった。
まずナナリーとリアラが意気揚々手を挙げた。
「じゃ、俺は掃除でもすっか」
「あ、オレもー!」
とこれはロニとカイル。
掃除組みを取られてしまう。
掃除だったら嫌いでもないのに…とはなんとなく悩んでみる。
やったらやった分だけキレイになる報われ感はこざっぱりとしてある種、達成感にも似ている。
掃除に対する見解はともかくとして、はさて、と何気に空を見上げた。
爽快だ。
雲ひとつない冗談のような晴天の青が目につき刺さる。
「じゃあ、布団でも干そうかな」
「「…はぁ?!」」
手伝うと言うよりも散歩でもしようかな、という調子でどこから湧いたのだか謎な発言に思わずカイルとロニが声を合わせる。
とりあえず手伝えと言われて自発的に出る分野の発想ではない。
「天気がいいから。布団」
「いや、それはわかるけどよ」
「あはは、いいわね。でも1人でやるには結構体力いるわよ?」
何せ人数多いからねー、とルーティはあっけらかんと笑った。
「ジューダスがいるから大丈夫」
「おい」
「そう、じゃあ頼むわ」
ルーティはジューダスを見て意味深な笑みを浮かべて去っていった。
「…」
だから、もうバレてるんだってば。ジューダス。
* * *
確かに大人数の布団を干すのは思った以上に体力が要った。
しかし、料理よりも掃除よりも家事など縁のなかっただろうリオンにとっても簡単な作業ではある。
一日限定なら家事というより運動に近いかもしれない。
終わってみると一度に干すには量が多く、必然的にベランダではなく屋根の上にも敷き詰める羽目になっていた。
「…壮観だね」
「どこが」
洗濯物がはためく一部屋はあろうかという孤児院東棟の屋上を兼ねる広いベランダから、ようやく最後の一枚を干し終えて作業の成果を眺める。
量が量だけに妙な達成感だ。
対してジューダスは無駄に疲れたようにげっそりとしている。
「さて」
とはベランダの手すりを乗り越えて再び屋根に上がった。
そのまま借りていたサンダルを脱いで一番手前にある布団に足を乗せる。上体だけで振り返ってジューダスを手招いた。
「ジューダス」
「?」
布団干しなどしたこともないであろうジューダスはまだ何かあるのかと疑いもなく、だがうんざりしそうな表情をちらつかせながら同じように上がってくる。
それを見ては並び干された布団の上を一番端まで渡っていった。
膝を折って探るように手で撫でた場所。
それは一番初めに干した布団。
何を思ったかはそのまま倒れ込むように寝転がる。
「あーぬくい」
「……………」
ジューダスは呆気にとられ、それからややもして呆れたように表情を歪ませた。
彼女が何をしているのか…どうみても日向ぼっこに興じるだけの前触れにしか見えない。
かといって広い屋根の上を今更引き返すのも馬鹿馬鹿しく、ただ見下ろすジューダス。
丁度二階の部屋の壁のおかげで吹きさらされず、ひだまりになっているその場所でぬくもりに至福そうなはふと顔を上げるとまた手招きをする。
先ほどと同じ動きだが、今度は座れというジェスチャーだ。
「いつまでもそんなとこに立ってると目立つよ。ものすごく」
屋根の上に立ちつくす人。
いろんな意味で目立つ上、その姿に気づいた人間はさぞかし気になるだろう。
複数同時に目撃されたら一時的にでも話題の的になること間違いない。
ジューダスは己の身が目立ちすぎる今の状況に居心地の悪さを覚えたのか仕方なく隣の敷布団に腰を下ろす。
それでも町外れにあるこの古く大きな建物からは下界が良く見渡せた。
街中でないのを幸いと思いつつ、仕方ないながらもついた手元の布団は日差しを吸い込んでもうじんわりと暖かくなっている。
南の空には、世界を滅ぼそうとしている災厄…神の卵の姿も見えなかった。
代わりに見えるのは秋の日に降り注ぐ日差しと様々な色に染まった街。
この18年間に何度も繰り返してきただろう、黄金に、あるいは紅に染まった木々の葉の揺れ落つ姿。
時たま空を行き交う小鳥のさえずり、遠く聞こえる子供たちの喧騒。
世界はあまりにも平和で、穏やかだった。
隣に猫のように日光浴に興じるを見ればそれこそ、呆けてしまいそうなほど。
小さなため息をつくジューダス。
「この仕事の特権だよ?」
と、その時、彼の背後に見えた影は敢えて見ぬ振りをして。
気づけば家事にいそしむほかの仲間をよそに高みの見物、なんだかんだいいながらも喧騒から離れてすっかりくつろぎモードになっていた。
そんな2人のもとにやがてやって来た「それ」。
「わーーー!オレもーーー!!!」
「!!!?」
ガッ。
妙にハイテンションにそうジューダスを押し倒さんばかりの勢いでとびついてきたのはカイルだった。
今、何か変な音しましたけど…?
「おい#」
勢いあまって声にならない悲鳴と同時に、無造作に潰されるような格好になってしまったジューダスはカイルの下で静かな怒りを発している。
カイルは懲りずにへへへ、と嬉しそうな笑いを浮かべながらその先…つまりはとジューダスの間によじよじと身を入れ込んで横になった。
そして、もうすっかり暖かくなった布団の感触をうつぶせになって楽しんでいる。
カイル=デュナミス。
趣味・特技:昼寝。
そんな彼はたまたま庭に出たところ屋根の上の二人を発見し、掃除を放棄してやってきた次第である。
「…もっと猫っぽいヤツが来たな」
「いや、カイルは犬でしょう」
どちらかというと。
ごろごろと二人の間に挟まって布団に頬ずりしているカイルを真ん中にそんな会話を交わしても、至福満面の当の本人は聞いていない。
風はそよそよ、爽やかでカイルの眠気を誘うにも時間はかかりそうもなかった。
ひとしきり布団の感触を堪能してからカイルは気持ちよさそうに仰向けになって、少しだけ淡い雲の出てきた高空を青い瞳に映した。
「そういえばよくこうやって布団を干してる最中に、気持ちよくなって寝っちゃったりしたっけ」
「一緒にするな。もう僕らの仕事は終わってるぞ」
「取り込みはみんなの手の空く頃だから手伝ってもらおっか」
己のプライドにかけて主張するジューダスとちゃっかりさんな。
それでも陽気のせいかカイルは上機嫌なままだった。
「なんだか不思議だね」
気持ちよさそうに伸びをして、そのまま両腕を頭の裏で枕にしてカイル。
「何が」
「だってとジューダスってさ、本当なら母さんと同じくらいの年なんだよね」
「…おい#」
すかさずジューダス。
彼にとってカイルは甥に当たるがほぼ同い年のカイルに叔父呼ばわりされるのは心外だ。
その関係を知らないカイルはそこまで言っていないのだがはそこまで考えて思わず笑ってしまう。
更に目ざとくの態度を察したジューダスの顔も渋くなる。
しかし二人が本当の意味で閉口してしまうのは次に待っていた発言だった。
「何かそう考えると、父さんと母さんと川の字になって寝てるって感じ?」
「「………………………………………」」
何?その飛躍具合。
さすがのも正体わからず反論したくなる気持ちを抱いてしまった瞬間。
カイルにしてみれば、父であるスタンの思い出がほとんどないので理想を抱いて感傷のようなものに浸っている心地なのだろう。
が。
対等であった人間にいきなり干支にして一回り以上も年上の役を宛がうとはなんだか失礼極まりない発言だ。
ちょっとジューダスの気持ちが理解できた。
先にそれを吐露したのがジューダスだった。
「この…馬鹿者が!」
「あいたぁっ!」
怒りの原動がなんなのかは定かではないがお門違いな発言をしたカイルはビシリとチョップをくらう羽目になった。
「な、なんだよぉ、いいじゃんそのくらい!」
「ふん」
わけがわからず涙目になって殴られた場所を抱えてみてもジューダスの機嫌は直りそうもない。
そっぽをむいて今しがたの発声がうそのように静かに怒っている。
反して、今の一撃ですっかり代わりに気を晴らしてくれたジューダスとカイルの様子には小気味よい笑いを湧かせただけだった。
「ふ…あははははは!」
「まで…笑うことないじゃないか!」
「…#」
最後の決戦を前にして、ひだまりの中で繰り広げられる三者三様の模様はまだしばらく、続きそうだった。
カイルのサボりが庭に出たルーティによって発見されるまでの間。
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