この器は彼女と共に

この力は彼女に捧ぐ

けれど

(この想いは彼だけに)




うっすらと瞼を開くと薄暗い空間にいくらかの光が差し込んでいた。寝てしまったのか。とは目をしばたかせ軽く伸びをした。
















「…相変わらず、君は此処にいるよね」

寒くないの?と問えば否と返ってきた。秋が終わりもうすぐ冬がくる。空目が座るベンチの背もたれに寄り掛かりながら落ちてくる枯葉を(ぼう)、とは眺める。どれ程そうしていただろうか。ぱら、と紙の擦れる音と風の流れる音の他に声が混じった。


「ん。何?」
「俺が異界に行ったら、戻ってきてほしいか?」
「…何。突然」
振り向いて訝し気に問うと、興味本意だと応えられた。ふぅん、と呟き戯れに考える。

「んーそうだね…。戻ってきてほしいとは思うよ」
「そうか」
「とは言えど、空目くんは空目くんのしたいようにすれば良い。君の望みならば尚更ね」
私にその権利はないよ。と態勢を元に戻す。
「…なら戻ってくると言ったら、は待ち続けるか?」

その言葉には目を伏せる。


「………待つかも、しれないね」




多分、いやおそらくきっと、私は待つだろう。待って待って待ち続ける。

愚かだと言われようとも

それが叶わないと知っていても、私は待ち続けるだろう

(その時には私は此処にいないけど)












思考の海に沈んでいると、不意に手を掬い上げられた。驚いて視線を下に向けると空目は読んでいた本を閉じ、こちらを見上げていた。「もし異界に行く事があれば、」と、空目の口が開く。
「その時はお前も来るか?」
思わずきょとんとし、まじまじと空目を見つめる。そしてその誘いは嬉しいけれど、苦笑いをこぼした。
「…ごめん、止めておくよ。私にはまだやるべき事があるから」
そう答えると空目はそうか。と平淡に呟いた。


「なら、約束でもするか?」
「…約束?」


ああ。と空目は頷く。そして告げた。










「どんなに時間がかかろうとも、俺はに逢いに行く。だからそれまで待っていろ」









「…それは約束とは言わないよ、空目くん。でも…そうだね」

ふわりと微笑う。泣きそうに、哀しそうに、嬉しそうに。



「期待しないで、待ってるよ」













誰もいない空間に目を細める。かたんと席を立ち、カーテンを少し開けると突き刺す様な冷気が窓越しに漏れに纏わりついて来た。そ、と硝子に手を添え目を伏せる。ひやりとした冷たさが掌の温度を奪っていく。



「ねえ、空目くん」



その言葉は誰にも届くことなく、声が宙に融ける。




「ごめんね」



そしてありがとう





あの時触れたもう片方の掌は、やはり氷の様に冷たかった事を覚えている。
(その熱はどちらのものだったのだろうか)











君にこの想いは告げずに歩きだそう


ありがとう


ごめんなさい



私は君との約束を 護るよ


この器が壊れるその時まで


私は君を待ち続ける
















[黒蝶が導くは異界への]

















material by 妙の宴

08/02/16 up