「暑い…」 「ぐだぐだ言うなバルレル」 だらしがないと沙羅は呆れながらアイスティーを置く。足元ではユッカが茹だる様に身体を伸ばしていた。 バルレルは渡したアイスティーをがぶ飲みし、一息つくと まただれてしまった。 何となしにその行動を見ながらぽつりと沙羅が呟く。 「…お前の界は温度変化はなかったのか?」 「ねぇよ。あったとしても行くかんな所」 まぁ、物好きでなければ率先して行くわけないな。と沙羅も思考する。 「最低でも2ヶ月位は我慢しておけ。まだ夏は始まったばかりだからね」 くすくすと笑いながら沙羅は魔道書を開いた。 バルレルを召喚して数日が経った。 その間にこの世界との関係、及び仕組みについてあらかた教えた。先日から夏休みというのもあり、空目達に会わなかったのは幸いだった。 ……ぎぃ、 「……………おい沙羅」 「無視しておけそんなもの。どうせ結界がはってあるのだから近寄りたくとも近寄れん」 物凄く面倒くさそうに顔を歪めるバルレルに本に視線を落としたまま答える。 縄が擦れる様な音が聞こえだしたのはそう、稜子の姉の訃報を亜紀達から聞いた頃からだ。 学校内にあるソレが近くで聞こえだしたのは。 「繰りに括り。媒介は梨か柳か松の樹か。私に対するコレは警告、または的か。 …どちらにせよ暫くは放っておいても構わないだろうよ。継げる候補者もそうそう存在しないしな」 「…なぁ。なんで梨か柳か松なんだ?」 「うん?……ああ、そうか。お前達の界にはそういった概念はないんだったな」 バルレルの問いに沙羅は肩をすくめる。 「古来から、樹木、というか、[古きもの]は[多くのことを知るもの]と言われていてね。万物の始祖と位置づけられている。北欧の世界樹、ユグラドシルのように。 ま、今はそれは関係ない話ではあるんだが」 「おい」 「とにかく、樹はよく霊的なものと結び付けられることが多い。一般的なところだと、七竈や榛、柳に寄生木といったところか。林檎の樹も偶に挙げられているな。 今挙げたものはその内に呪力を宿していると言われている。 ちなみに、梨や松は神隠し時に失踪者はその樹の根元に靴を揃えて置いたとあるから、まぁ、候補としてね」 くすりと微笑いながら沙羅が語る。 「樹に脈打つ流れは世界の知識を内包していると信じられていた時期もあるから、それが受け継がれているのだろうよ」 「そういうものなのか?」 「少なくとも、北欧の辺りではそうだったらしい」 バルレル会話を交わしていると、不意に携帯が音を鳴らした。着信相手を見て軽く目を開く。 『久樹か?』 「空目くん?」 空目からかかってくる事はあまりない。大低は稜子達がかけてくるからだ。 「どうしたの、いきなり」 『以前、久樹が貸してほしいという本が見つかった。取りに来るか?』 「本当?なら行かせてもらうよ。時間は何時なら平気?」 『別に今からでも構わんが』 「わかった。じゃあ今からそちらに行く」 通話を切って席を立つ。 「…どこ行くんだ?」 「知り合いの家。あぁ、ユッカ。後は頼むよ」 にぁぅ。とユッカが肯定する。それに頷いて沙羅は行ってくると二人に告げ、炎天下の中歩きだした。 「こんにちは、あやめ」 「沙羅さん、こんにちは。あの、こちらです」 出迎えてくれたあやめがとてとてと先を行く。それに続いて廊下を進みある部屋の前でこちらです。と言われた。礼を述べながら扉を叩くと空目の声が返ってきた。 「来たか」 「こんにちは、空目くん」 ああ。と頷いて本棚から一冊の本を取り出す。 『昔話と童話考−大迫栄一郎−』 「これだったな」 「うん。感謝するよ。探しても中々見つからなかったから」 渡された本をぱらぱらと目を通しながら沙羅が言う。 「読み終えたら返しに来るよ」 「ああ。…久樹」 「…なに」 空目の声質が僅かに変わった事に気付き、続きをと促す。 「先に伝えておく。黒服から電話があった」 「……彼等か」 軽く眉をしかめながら沙羅が呟く。 「今度は何と?」 「知らん。だが、どちらにせよこちらに拒否権はないだろうな」 「それには同感。…出来れば、私はまだ彼等との接触は避けたいのだけど」 「判っている。日時は3日後だそうだ」 「3日後、か。稜子ちゃんが戻ってくる日だね」 ふむ。と口元に手を添えて頷く。 「表立つ行動は出来なくなるかもしれないが、それでもよいのなら」 「すまないな。頼む」 わかったよと肯定する。 「話はこれで終わり?」 「ああ」 「そう。じゃあ3日後に」 「久樹、一つ聞いていいか」 「なに?」 「ここ最近、変わった事はあったか」 空目の言葉に微かに頭を傾げる仕草をする。 「…特にないよ。それが?」 「いや、ならいい」 気にするな。と言われ、沙羅はとりあえずまた。と空目の家を去った。 「特にない、か。…気のせいだといいんだがな」 空目がそう呟いている事を知らずに。 07/5/23 up |