羽間の山の近く、郊外に歩由美の家があった。稜子が住む女子僚や亜紀の住むアパートから近い。15分程といったところか。 そんな歩由美の家に朝早く、皆が集まっていた。もちろん、の姿もだ。 「さて、始めるか」 家の二階の廊下、歩由美の兄の部屋の前で俊也は腕を組んだ。 帰ってから早々聞かされた稜子の話によって事態は急変した。そして結局、こうして歩由美の家にいる。 今現在此処にいるのは空目と村神、亜紀とあやめ、そしての5人だ。稜子と武巳は歩由美と共に一階の居間にいる。 歩由美の安全と銘打ってはいるが、余り意味はないだろう。アレが目的だというのなら、もはや止める術はないに等しい。…いや、ないこともないだろうが。 (………にしても、煩わしい) 思考を一度止め、は眉をしかめた。 狂狂と 繰繰と 迢迢と 歪んだ捩が廻る音が頭に響く 絡絡と 厂厂と 廩廩と 気が狂いそうなほど、永く 「?」 「…なに?亜紀」 「いや、何を見てるのかと思って」 じ、とある部屋の扉を凝視していたが視線を亜紀のほうへと向ける。 「少し、ね。思う所があっただけ」 「それは今回の件について?」 「それもある。…まぁ、もう関わってしまったから降りないけどね」 そう言い、口を閉じる。 そんなを気にしながらも、「開けるよ」と皆に言い亜紀はドアノブをひねった。 ドアを半分程開けると、空目が眉をひそめ、果実の匂いがすると零した。 その言葉にひょいとも部屋の中を見回す。 部屋の主は几帳面だったのかきちんと整理されていた。中を見る限り果実の匂いとは無縁だった。 そこまで確認すると空目があやめを振り返り、どうだ。とあやめを糺した。 怖ず怖ずと部屋の入口から幻視を始める彼女も、おそらく私と同じ景色を観ることになるだろう。 さわさわと ざわざわと 碧々とした葉が繁る、巨大で自然を冒涜する捩れた樹を しばしの沈黙の後、あやめが呟いた。 「………”向こう”と接してはいない……と、思います。ただ……残滓はあります」 「どんなだ?」 「巨木……です。大きな実をいくつもつけています。」 「そうか。種類は?」 困った様に判りません、とあやめが謝る。 「あの、多分”向こう側”の木です。根元の太い、捩れたような木です。青い葉と………えっと、あと…実が梨に似てると…思います」 「梨?」 「あ、はい。大きな梨の実が………あ、いえ……梨に似ている…実です」 「…。はどうだ」 「私もあやめと同じだよ。確かに梨に似ているね、アレは」 もっとも、実の実体をあやめは理解していないだろうけど。 は口に出さず思う。 (なんて皮肉、なんて滑稽。私が私で在るが故に判るなんてね) 「そうだな、これは梨の実の香りだな…」 空目が腕を組みながら言う。そんな空目に亜紀が尋ねる。 「…恭の字、どうする?」 「ああ、大丈夫だ。始めよう」 「ん……」 空目の答えに亜紀は頷き、部屋に踏み込む。その後を俊也とも続いた。 皆で手分けをして部屋の中を探す。俊也は棚の上や押入れの天袋にあるものを次々と下ろし、亜紀とは本棚を漁る。 ざっと探し終え、ふとが机の方を見遣った。 小さな違和感 目を細めてそれを眺め、口の端を僅かに持ち上げる。 「…へえ?」 「そこだな」 空目との言葉が重なった。 「間違いないか?」 「ああ、ここからだ」 空目と俊也が会話し終えた後、開けてようと試みたが、机の1番下の引き出しには鍵がかかっていた。 「鍵は…亜紀は見た?」 「見てないね。…どうする?」 「先輩に聞くしかないか」 俊也の言葉に、それじゃあ私が…、とあやめがぱたぱたと下に降りていく。 部屋に短い沈黙が降りる。 何となしに窓の外を眺めていただったが、突如振動し始めた携帯のバイブに意識を向ける。相手の名を見て小さく息をついた。 「?」 「ごめん。部屋の外で話してくる」 3人を見回しながらそう告げ、部屋を出る。 後ろ手で扉を閉め、ボタンを押して電話に出た。 「何?魔公子」 『おぅ。言われたとーりのモン、取ってきてやったぜ』 「そうか。感謝するよ」 『ケッ』 壁に身を預けながらが小さく笑う。電話の主はあの朱い悪魔の少年である。 「ああ、アレは私室のチェストの中だ。好きなのを1本持ってけ」 『よっしゃ。…おい、』 「何か?」 『黒猫からの伝言だ。”余り無茶するな”だとさ』 「ユッカは心配し過ぎだな。私は平気だと伝えてくれ」 『んなもん手前で言え』 「そうするよ」 あやめが戻ってくる気配がし、それじゃあまた。と電話を切る。程なくしてあやめが来て、一緒に部屋に入る。 「戻ってきたか」 「うん。…あやめ、どうだった?」 と三人に促され、あやめが話しだす。 「…そこの鍵は見つからなかったんだそうです。お兄さんのお葬式の後、探した事があるらしいんですが…」 「そうか」 「……どうする?空目」 皆、しばし黙る。そんな中、が口を開いた。 「ねえ、あやめ。結局の所、鍵は壊しても構わないの?」 「あ、はい。壊しても構わないって、言ってました…」 「…みたいだよ?」 微妙な沈黙がおりた。 「……そういう事は先に言ってくれ」 俊也が溜息をついた。 07/7/28 up |