俊也が力づくで鍵を壊した数分後、室内はまた沈黙がおりていた。 とはいえ、先程と違うというならば彼等の手にいくつもの分厚い本があるということだ。 あれから、俊也が無理矢理引出しを開け鍵を壊した。中から出て来たのは通常では見つからない古書とも呼べる物ばかり。 引出しを開けた所で果実臭が強くなったとは空目の弁である。 「…へぇ、ゲーティアもあるとはね」 といっても、増版かと呟くと不思議そうに亜紀が尋ねた。 「わかるものなの?」 「まあ…原本は著者本家に、初版は友人が所有しているから」 初版は一度友人から見せてもらったことがある。とめくりながら言う。 「それにしても…博物館ものだね」 「…そうだね」 亜紀の言葉に同意する。 空目がいうに、これらは全てオカルト文献ということだ。大半はラテン、あとドイツ語やスペイン語、英語とのこと。読めない事が残念らしく、不満そうだった。 とりあえず、それらの本に何か挟まれていないか皆で調べる。 (…輪廻、召喚、それに伝承、か) 斜め読みしながらゆっくりと頁をめくる。とて魔術師の端くれだ。これくらい読める。言わないが。 (そこまでは判っても、理由がな…) 口元に手をあて考えこむ。 目的はきっと 。けれどもその理由は、 たった、たったそれだけの為なのか――? 「恭の字…ん?」 「亜紀?」 隣にいる亜紀が変な声をあげ、何かと思い視線を辿ると空目が一冊の本に顔を近づけていた。 「……何だ?どうした?」 俊也が尋ねた。 「これだ」 「…それが梨の香りの元か?」 ああ。と空目が頷く。そして本を開き、頁をめくっていく。やがて頁を操る手を止めると、そこに挟まれていた1枚の紙片をつまみ出した。 「…それは?」 「……これが元だな」 紙片に鼻を近づけて空目は言い切った。そして書いてある文字を一瞥すると、興味が失せたのか覗きこんでいた亜紀に渡す。 亜紀の見ている紙片をと俊也も覗きこむ。 −末ノ子コソ人ノ子ニシテ神ノ子ニシテ魔ノ子。 二人ノ兄ヲ神ヘト捧ゲテ末ノ子ニ神ヲ孕マセルベシ。− 「………どういう意味だ?」 「さあな」 それきり、皆黙りこくる。冷ややかな瞳に変わりゆくの変化に気付かぬまま。 探し出した古書の数々は、歩由実にとって覚えのないらしかった。 空目との応答を聞きながらは後ろの方で静かに目を伏せていた。 漸く口を開いたのは奈良梨の話の全容を聞いた後のことだ。 「…それって、『末子成功譚』だよね」 ああ、との言葉に頷き講義が始まる。 そして終了後、歩由実からもう一人兄がいた事を告げられた。今は武巳と凌子の二人は図書館に行っている。室内の重苦しい雰囲気の中、が問い掛けた。 「……ねえ、空目くん」 「なんだ?」 「話を戻すようで悪いけど、奈良梨の話、二人の兄が池の主に呑まれるのは、死と同じ意味合いにとって構わない?」 「…そうだな。構わないと思う。そこだけに焦点を当てれば赤ずきんや七匹の小山羊も同じだ」 「だよね。一度死んで、黄泉がえる…か。有難う、付き合わせてごめん」 「何かわかったのか?」 「あぁ、違う違う。ただちょっと気になったから」 気にしなくていいよ。とが手を横にふった。 「あと戯れついでにもう一つ、尋ねてもいい?」 「ああ」 「有難う。空目くんは、というか、君たちは 『永遠』を手に入れたいと思う?」 「それはどういう意味でだ?」 「そのままの意味。終りなき肉体に宿り、終焉の最果てまで生きるという事」 「…不老不死の事?」 そうとも言うね、と亜紀の呟きに応える。 「人は終わり在るものだから、在りえない事象だからこその戯れだよ」 「だからだろうな。人は命に限りがあるからこそ、それを求める。いつの時代も同じだ。 不老不死など幻想に過ぎん」 その物言いが何とも空目らしく、くすくすとが微笑う。 「まぁ、そうだよね。普通はさ。亜紀たちは?」 「恭の字に同意。村神もでしょ?」 「ああ。…はどうなんだ?」 「私?」 俊也の問いに軽く首を傾ける。 「そうだね…… 死ぬことも許されず、 世界から取り残されるのなら、要らないよね。永遠なんて。 あやめを見ていてそう思う。独りは、辛いよ」 虚空を見遣りながら、何かに思いを馳せる様には呟いた。 二人が戻って来るまでまだ時間があったので、とりあえず持ち出して来た書籍の数々を兄の部屋に戻しに行く。 「…でも確か引き出しって村神君が壊したんだよね…?」 「悪かったな。……とりあえず机の上に置いておくぞ」 引き出しの中にはいらなくもなかったが、念の為に机の上に乗せていく。本の内容はどうであれ、壊したくないのは皆同じ気持ちだった。 最後の一冊を机におき、は息をついた。衣服についた埃を軽く手で払い落とし、軽く目を伏せ、もう一度ため息をつく。 「 、」 「、行くよ?」 「あ、うん」 今行く。と後ろの亜紀に告げ、ぱたんと小さな音を立てて扉を閉めた。 07/8/9 up |