もうじき日付が変わろうとする頃、の携帯に一本の電話がかかってきた。 「――はい、…亜紀、どうかしたの?」 作業をいったん止め、亜紀の話に耳を傾ける。 「…そう。うん、判った。…空目くんにはもうこの事は話したんだね?」 確認を取ると、電話越しに肯定の返事が返ってくる。 その後やり取りをし、それじゃあ明日、と電話を切る。 一連の様子を見ていたバルレルとユッカがに問いかけた。 「……どーかしたのかァ?」 「少しね。事がもう一転しただけだ」 「もう一転、ねぇ…」 「元々、兆候は出ていたからね。今日明日には誰かが気づいてたさ」 口元に指を添え、が呟く。 武巳達が魔女に会って戻ってきた後、歩由実の口から実は三人兄弟だった事を告げられた。 その後、亜紀と稜子が大迫家に泊まることになったのだ。 結果はこの通り。歩由実が耐えていたと思っていたものは全て、夢の中の出来事だったというわけだ。 「そんで、俺に手伝わせるってか」 「もしもの時はな。そうならないように願うが」 「………お人よしだよな、手前ェも」 「褒め言葉として受け取っておくよ」 ケッと顔を背ける赤髪の悪魔にくすくすと微笑うの声が降り落ちた。 夜は更ける。 ―――― ――――――― 次の日、近藤武巳が不由実の家に着いたとき、既に芳賀以外の皆は全員揃っていた。 「わ、またこのパターンか」 「前と同じ、5分遅刻らしいね」 「って……?」 稜子の隣に座っていたが軽く手をふる。 「何でが?…黒服が来るから、今日は来ないかと…」 「どうせ私が協力していること位、調べはついているだろうから」 出来れば接触したくなかったんだけども。と吐息をつく。その際に一瞬、の隣にいた稜子と目が合ったが、すぐにそらされてしまった。 「そ、そう。…………えーと…芳賀さんは?」 見れば判るでしょ。と亜紀にそっけなく言われ、二の句が継げなくなる。 「でも、きっとすぐにチャイムが鳴るね」 「……へ?」 武巳の間抜けな声を上げた次の瞬間、玄関のチャイムが鳴る。 カラン、と机に置かれたグラスの中の氷が音を立てた。 居間に現れた芳賀は、皆に向き直ると、おや。という風に稜子の隣に座るに声をかけた。 「さん、でしたか。木戸野さんの件以来ですかね」 「そうなりますね。そろそろ、貴方方に挨拶をしておこうと思いまして」 「ご丁寧にどうも。またお会いできて嬉しいですよ」 「私もです」 両者とも、口元にだけ笑みを浮かばせながらの会話。武巳にとっては冷や汗ものだったが、まあいいでしょう。と芳賀の一言で胸をなでおろした。 「――――それで、どうでした?何か分かりましたか?」 その芳賀に応えて亜紀が口を開く。 ひとまずこちらから昨夜に不由実に何が起こったのかということを事細かに話し始める。淡々と亜紀が話し、合間に稜子が口を挟む。 そうやって徐々に昨夜の異常状態が形作られていった。 対する芳賀は大迫栄一郎について調べてきていた。 「本名は大迫魔津方。民族研究家、作家、聖創学院大学理事など、様々な肩書きを持っていました」 そうして語られる人物像。 出生不詳、オカルトに傾倒していた、等と説明が流れる。 「まぁ、ともかく――それを確証として、今度は『奈良梨取考』を調べました。どうやら一冊も出回ってないらしく大変苦労しましたが、印刷所から辿って 『奈良梨取考』を刷った印刷所を見つけ出しました」 意外な事に自費出版だったんですよ。と芳賀が続ける。 「しかも最近、依頼された物だったんです。印刷所の証言から三百冊が刷られたと判りましたが、今は一冊残らず行方不明です」 芳賀はその異常さを強調しながら、話を進めた。 出版社の社員は、全員首を吊って死んでいた、と。 「さて、問題はここからでしてね。今回の"敵"はわれわれを挑発してきました…」 芳賀は言って、資料から一枚の用紙を取り出した。 「…FAX?」 「ええ。"我々"に"敵"は送りつけてきました」 『――"大迫栄一郎"ハ何者ニモ殺サレナイ――』 歪みに歪んだその筆跡を目にし、が目を細める。 (これはまた…随分と派手に仕掛けたものだ) その間にも芳賀の話は進む。も聞きはしていたが思考は別のほうへ向かっていく。 くつくつと、縄の軋む音と共に誰かの嗤い声が聞こえた気がし、不愉快気に眉をひそめた。 その日の午後、武巳と稜子を除く5人はひっそりとした学校に来ていた。 亜紀は先に図書館へいき、もこの用事が終われば行くつもりだ。 「…目的は魔女か?」 「ああ」 黙りこくる空気の中、ぽつりと俊也が訊ね空目が立ち止まりもせずに答える。 唯一あやめがびくりと身を震わせ立ち止まったが、が平気だよと囁いて背中を押しまた歩き出す。 「こんにちは、"シェーファーフント"君」 くるりと振り向いて詠子が言う。 「"影"の人も"神隠し"さんも、"魔術師"さんもこんにちは」 待ってたんだよ?と邪気のない透明な笑顔で言葉を続ける。 「…」 「用事はなあに?」 その言葉に無表情に空目は詠子を見遣り、「いま俺達が関わっている事件は、お前の仕業なのか?」 と確認をとる。 「んー、そう思うのも無理ないけど、私は今回は無関係なんだよね………」 「………信じろと?」 「信じて欲しいな」 空目が尋ねる中、談笑するように詠子は笑う。 「この『世界』は私は関わっていないよ。だって私の世界じゃないもの」 これは彼の世界だから。と詠子は唄うように言葉を紡ぐ。 「んー、どちらかというと彼は私の"敵"。 君達の上に広がっている枝は私の趣味じゃない。私だったらこんな"見立て"じゃなくて、もっと綺麗なありのままの『世界』を作るよ。 これじゃ"向こう"が可哀想だもの。"向こう"はこんなに歪められた姿じゃなくて、もっと自然な形で"こちら"に出てきたがっているのに―――」 「……何を知っている…………?」 空目の低い、静かな恫喝を含んだ声が中庭に広がる。 「…うーん、少しだけ、知ってるかな?」 対する詠子はほんの少しだけ首を傾げて応える。 「でも"観える"ほうが多いよ。きっと"神隠し"さんよりはっきり見えるんじゃないかなぁ。"魔術師"さんも、私と同じ位、観えてるんでしょ?」 「……まぁね。貴女みたいにいつも見ているわけじゃないけれど」 詠子に言われ、傍観していたは不承不承答える。 「何で言わなかったんだ」 「聞かれなかったからだよ。村神君」 詠子に視線をやったまま、は村神の声に応える。 「敢えてあんなものを見る奇特な奴はいないよ。何より、煩すぎて面倒だからね」 そしてそれだけ、危険という事でもある。 その後、何回か空目と詠子の応酬があり、必要なことを聞き終えた後「行くぞ」と声をかけられた。 「少し魔女と話をして行くから、空目くん達は先に戻っていていいよ」 どうせその後、亜紀のところに行くから。とが空目に声をかける。 「判った」 「うん、また後で」 空目が村神とあやめを促し足早に中庭を出て行く。 その後姿を眺め、完全に姿が見えなくなった所では詠子に向き直った。 「さて、と。私に何の用かな?"魔術師"さん」 「…判っているんだろう?今後についてだ」 そう告げて、は口を開いた。 「――今日は、水方先生」 「さんじゃないか。どうしたんだい?」 「ちょっと調べ物を。木戸野さん来てますか?」 「木戸野さんなら奥の机のほうだよ。さんも文芸部の小説の題材を探しに?」 「そんなところです。後、面白そうな本があれば借りていこうと思いまして」 何かお勧めってあります?とが尋ねると、そうだなぁとしばし考え込み、奥のほうから一冊の薄めの本を持ってきた。 「これなんてどうかな。きっとさん気に入ると思うよ」 「わざわざありがとうございます」 「いやいや。題材探し、頑張ってね」 水方に会釈をし、は図書館の奥に歩き出す。 渡された『奈良梨取考』を手にして―――― 07/10/7 up |