亜紀と共に図書館から帰ってくると既に皆がそろっていた。
「…悪いね、待たせて」
そう言って二人も席に座る。
「ご苦労。どうだった?」
空目の問い掛けに亜紀はほとんどハズレ。と手を横にふった。その後、亜紀に視線で促され、が口を開く。
「私も亜紀と同じ。…ただ、お勧めの本はないかと水方先生に尋ねたらこれを渡された」
そう言って鞄の中から一冊の書物を引き出す。その本を見た瞬間、稜子は鳥肌が立った。
「……!?ちゃん、それ…!」
「『奈良梨取孝』だよ」
本物のね。と言いテーブルの中央に置く。同じ薄くて滑らかな白革の表紙。墨痕鮮やかな、墨色の題書き。一つ違うのは真新しい分類表が張られていることだけだ。
肩が震える。呼吸がうまくできない。
そんな稜子に気づき、は本を鞄の中に戻した。
「それがか」
……お前、それ読んだのか?」
「まだ。家で解読してこようと思う」
「危険は?」
「ないとは言い切れない。けれど、私が適任でしょう」
空目の言葉に淡々とが返す。確かに、これはにしか出来ない事だ。
「頼む。ただし危険だと判断したら止めておけ」
「言われなくても」
その後、手短に報告を済ませ、どちらにも進展はなかった為今夜も様子を見る事となった。

そしてその夜、歩由実は病院に運ばれた。




「――――――確かに少々、厄介な事になりましたね」
あれから、皆が急遽空目の家に集められ芳賀と対話する。とはいえど、こちらも進展していないので現状に甘んじているだけだ。
「今、情報部に調べさせています。すぐに不由実さんの入った病院は判るでしょう」
「…もし、病院から連れ出されていたら?」
「その時はどうしようもないですね。我々は手出しできません」
「でしょうね」
の言葉に淡々と返す芳賀。その後、一時的に席をはずした芳賀だったが、深刻そうな顔で戻ってくると重々しく口を開いた。
困ったことになりました、と。
「……え?」
「不由実さんの運ばれた病院は判ったのですが…………既に移送されていました。別の病院に移すからと、水方氏が連れ出してしまったようです。そのままどこの病院に入った形跡もないそうですよ」
芳賀の言葉に驚く中、はため息をつく。
「家か……」
空目が呟いた。
「そうですね、閉じ込められました。よくない傾向です。一人で部屋にいるとか、そういう状況を続けると症状が悪化するんですよ。
 怪異というのは精神的側面が強いですから、意識するほど余計にはっきりと見えてきます。見ないようにするのも恐れるのも意識のうちですからね」
「そうすると、今の状態が一番危険ってことになるね」
ええ、その通りです。と亜紀の言葉に頷く。
「それでは―――――私は善後策を検討しますので、失礼いたします。何か進展がありましたらまた連絡します」



芳賀が帰った後の僅かな沈黙ののち、はい、とは皆にそれをみせる。
「ごめん。解読に時間がかかった」
そう言っては本を空目に渡す。空目はそれをひっくり返したりし「そうか…」と零した。
「お前は平気か?」
「私がこんなのに囚われると思う?念には念を入れて、術解はしたからもう君でも読めるよ」
その言葉に空目は興味なさ気に軽く本をめくる。俊也がに尋ねる。
「…どうやったんだ?」
「えーと、呪解のこと?」
ああ。と俊也が頷くので言葉を捜す。
「簡単に言えば『フィルター』をかけた。見えるものを見えないように、読んでも害がないようにね」
説明をしていると空目が顔を上げた。
「…これを機関に渡しても?」
「別にいいよ。私が持っていても、仕方ないしね」

「なに?」
「…いや、なんでもない」
気にするなと言われ、そうと呟く。
「……空目くん」
しばらくの間の後、ぽつりとが呟く。
「歩由実先輩は、もう戻れないよ」
「っ、ちゃん!?」
「判っている」
「魔王様も……!」
戻れないんだよ、とが稜子に告げる。
「今まで持っていられたのは先輩が必死に抵抗をしていたから。
 …それは魂を奪うものだよ。血の繋がりがあるにしろ、ないにしろ、”兄弟”であれば人格を奪われるらしい」
前半は稜子に、後半は本を持つ空目に向けて言う。
「そして小崎摩津方に乗っとられる、と?」
「そう。それがこの『物語』
 彼女を助けても、助けられなくても、同じ結末(さいご)。なら、」


私達にできることは、もう何もない。
























「歩由美先輩、行くんですね?」


不意にかけられた言葉に驚いて歩由実は薄暗い辺りを見回した。視界をこらすと数歩後ろに自分と同じ位の人影があるのに気付く。どこかで見た少女だと思った。
「あなた、は…」
そう呟くと、です。と少女が言った。
確か今回の件で来た後輩達の一人だったとぼんやり思い出す。
「行くんですね」
「…私、は…私は私のままでいたいから」
「それでいいのなら私は止めたりしませんよ」
その言葉と表情は平坦だったが、悲しんでいるのだと何故か判った。
「…知っていたんだね」
「ええ。貴女には悪いですが、知っていました」
そっか。と歩由美が呟く。そこで気付く。
さんは…どうしてここに…」
「そろそろ行った方がいい」
ざぁぁっ、と木々の隙間から風が吹き抜ける。反射的に目を閉じるとの声が聞こえてきた。
「もうすぐヌシが来るから、早く」
歩由美は小さくありがとう。と呟いて静かに笑みを浮かべながら奥へと消えていった。








「……ったく、お前も相当なお人よしだな」
ガサリと上方に広がる枝の隙間から赤い髪を覗かせてバルレルが言う。
「帰ろうか、バルレル」
「おう。…………てか、あれはいいのか?」
「…私は器には干渉出来ないからね」
「………お前って、昔からそうだよな」
そこんとこ、変わってねェとぼやきながら、ばさりと羽を広げて降り立つ。
「……ほんっと、お人よしだな」
「そういう事にしておこうか。帰ろう。ユッカが待っている」
透明さを増したの横顔を見、肩をすくめる。
「あんま無茶すんじゃねーぞ。どやされんのは俺だ」
「わかっているさ」

そうして二人は夜の闇に掻き消えた。



















07/11/8 up