ひらひらと淡い白い光を身に纏い、蝶は空を舞う。

おいで、と囁いた影の肩にに止まり小さく羽を動かした。

その様子に影は一言二言、呟いて蝶を空に飛ばす。

ひらひらひらひら

蝶だったものは夜空に溶け

消えた。















「! っ」

さん…!」

事が終わって一息ついた時だった。が急に倒れてしまったのは。
おろおろとするあやめに、気絶したらしいな。とざっと診た空目が告げ、静かに抱き上げる。少し顔を下げれば透明すぎて白蝋の様なの顔があった。空目は微かに目を細め、嘆息すると俊也に声を投げ掛けた。
「村神は日下部を頼む」
「あ、ああ」
「行くぞ」
そう言って引き返そうとした時だった。
「悪ィが、そいつは置いていけ」
不意に後ろから聞こえた声に、ばっと空目達は振り返った。先程、が凭れていた辺りに青年姿の影が見てとれる。暗がりでしか見えないが、珍しい紅い髪なのは判った。訝しげに空目が言った。
「…誰だ?」
「ンな事どーでもいいだろうが。さっさとソイツを渡せ」
どこか呆れ、いらついた声が空目に向けられる。そんな青年に空目は淡々と問う。
「目的はか?」
「オレがいる理由はそれしかねぇよ」
「一つ聞きたい。をどうするつもりだ?」
「あ?ソイツを連れて帰るだけだ」
他に何があると言う様に器用に青年の影が肩をすくめる。
「ソイツに言われた。頼まれた。…こっちとしても色々あんだよ。聞きたきゃ今度直接本人に聞け」







いきなりの乱入者に俊也は警戒していた。全くと言っていいほど、気配がなかったからだ。なのに摩津方とはまた違った圧倒感に知らず身体が思わず強張る。
その事に驚いてもいたが、に頼まれたという青年の言葉にも戸惑いがあった。
「空目、」
どうする、と言外に俊也は問う。視界にはと青年を交互に見遣るあやめと、空目の姿が映る。
暫く青年を眺めていた空目が口を開いた。
「……お前、人ではないな?」
「……なんだと?」
空目の言葉に瞠目する俊也を余所に会話は流れていく。
「それがどーした」
がお前を召喚したのか?」
「テメェに言ってどうなるってんだ」
だからんなもん本人に聞けっての。
そう面倒臭そうにぼやく青年はどうやらそれ以上言う気はないらしい。


沈黙が場を支配しかけたときだった。











「………空目…くん?」


掠れた呟きに皆の視線がに集まった。
「気がついたのか」
「…ったく、お前も無茶するな」
空目と青年が交互に言う。
本来の姿に戻っているバルレルがこちらに近付く。「別に平気なのだけど…」と零し、空目の腕の中で身動きするに大人しくしとけと頭をはたく。怒られるのはオレだってのと軽く嘆息した。誰にとは言わないが。そんなバルレルを仰ぎ見、苦笑する。

「……魔公子」
「おう」
「…すまないな」
「後で酒よこせ」
「…ああ。好きにしろ」
「それはいいけどよ。どうすんだよコイツら」
漸く下ろしてもらったは、バルレルの言葉にん−。と呟いて首を傾げる。そんなに空目が声をかける。

「…なに?」
「疲れているのは判ってるが話が聞きたい。今からお前の家に行けるか?」
「……………今から?」
暫くの間があった。それに空目が頷くと非難じみた視線をから受けた。もっとも、無視したが。もそれが判ったのか嘆息し、再度聞いてみる。
「…皆で?」
「ああ」
「…………判った」
どちらにせよ、これじゃあ寝付けないだろうしね。と続ける。そして振り返りバルレルに問う。
「魔公子はどうする」
「先に戻って寝る」
告げられた言葉は酷く簡潔だった。そう、と吐息と共に漏らし、ある一つの可能性に気付いて言葉を続けた。
「…ユッカが起きてるようだったら寝て構わないと言ってくれ」
「…聞かねーだろうがな」
「私は平気だからと言って問答無用で構わないよ」
「…相変わらずだナァ手前も。きっちりそのまんま伝えてやる」
そうクツクツと嗤ってバルレルは闇の中に掻き消えた。さて、と呟き空目達の方に視線を向ける。

「聞きたい事なら後で聞くけど…先ずは稜子か」
「日下部は機関に預ける」
「うん。それが一番安全だしね」 そう頷いて歩きだすと「先に一つ聞いておきたいんだが、いいか」と空目が声をかけた。
「…何?」
「あいつは何だ?」




ざあぁあ、と風が流れる。






「私が召喚した、悪魔」



「……そうか」
「亜紀達、待っているだろうから早く行こう」
そう言って先に進む。その後を慌ててあやめが追い掛けた。
「…やはりな」
見失わないように歩きだしながら空目が呟いた。俊也はそれに応じる。
「なにがだ?」
の匂いが微弱になっている」
聞けば、その兆候はこの事件に関わる前からあったらしい。不可解だと云うように空目は眉をよせた。

「だが何故だ?何故こうも
               いっさいの匂いがしない?」





まるで


静謐な空気の様に


雪が降った朝の様に


暗い昏い闇の中の様に





何も、ない








生きている存在は何かしらの匂いが纏わり付いているのだと空目は言った。何もないのは個を失うと云うことと同義だとも。
「例外があるとすれば、神道や魔術で神に近い存在に触れる時に通過する禊ぎぐらいなものだ。それでさえこんなにはならない筈だが…どちらにせよ、俺達には関われない事だ」
「関われないって…」
「おそらくあいつ個人の問題だろう。介入はするなと最初に言われた」
よって、関わる事はできない。
それだけ言って、空目は口を閉ざした。




















居間には武巳と稜子を除く5人が顔を合わせていた。かちゃりと紅茶の入ったカップをソーサーに置き、それで?とは皆を見回した。

確認したい事がある。

稜子を機関に預けた後、空目はにそう告げた。寮生である武巳はこの場にはいないが一同はの家に集まっていた。
「それで空目くん、私に確認したい事とは?」
「今回の件、お前はどこまで知っていた?」
「……恭の字、どういう事?」
亜紀が眉をひそめて問う。
を見ていて不可解な点が幾つかあった。先輩の死にもお前だけは驚いていなかったからな。…それで、何処まで知っていたんだ」
「全て」
「……!」
「と、言ったら?」
「どうもしない。単純に理由が聞きたいだけだ」

空目の言葉に嘆息し、疲れた目を向ける。

「音が聞こえた。煩わしい縄と騒音は夏休みの始まる前、稜子の姉が死んだ頃」
何を、と思ったが口を出さず、まるで何かをなぞらえるようにつらつらと口にするを亜紀は見つめる。
「彼は魔導士、界は違えど同業者なのはすぐに判り得る事だ。…10年以上も前からの過程を私達が介入した所で何も変わらないよ」
「…!だったらなんで黙ってたんだ!」
「言った所でどうにかなった?」
村神の言葉にすぐさま返す。
「それは…」

結局、どうにもならなかっただろうよ。

は事実を淡々と述べた。
「君達は今の学校の主は誰かと考えた事はない?」
「…魔女か」
そう。とが頷く。
「主である魔女は吊し樹の辺の沼の主。実をもぐ者を呑み込むのが彼女の役目。あの場には魔導師も魔女も揃っていた。…それならば私達はもはや出来る事は何もなかった」
「…だったら、あの時は摩津方に何をしたんだ」
意識の封印だよ、とは云った。
「意識の封印とは?」
「言葉のままだよ。ただ、私の限界もあるから持って3ヶ月だけど」

それまでは、稜子に影響はない。

「それまでは日下部は安全か」
「そういうこと」
「…あいつは今何処に?」
「多分寝てると思うけど」
それがどうかした?とが首を傾げるとならいい。と空目が言った。

「そう。…さて、他に質問がないのなら部屋は一応あるから案内するけど」
が見回す。
「部屋?」
「こんな時間に追い出すわけないでしょう。空目くんと村神君は同じ部屋でもいい?」
時計を見るともう日付が変わってかなりの時間だった。空目と俊也が頷くと判った。とが言った。








「………すまない」
口の中で呟かれたそれは皆に聞き入れることなく 溶けた。















後多分1話かと…





08/01/04 up