ぱらり、ぱらり
木陰に位置するベンチで紙をめくる音が微かにする。
「…ちゃん」
「ん?何?」
「何読んでいるの?」
「妖精奇譚」
「…読めないよ?」
「英語だからねー」
読んでみる?
…ごめん遠慮しとく。
「でも何で洋書なんだ?」
翻訳されてるのもあるんじゃ…と言う近藤君に甘いねと言う。
「翻訳されると、その人の意訳が少なからず表れるでしょ?だから私はこっち派なの」
もちろん中には面白いものもあるし、翻訳されたのと比較するのも楽しいのだと言う
「そんなもん?」
「そんなものだよ」


−あれから一週間が経った。
無理矢理、文芸部に入部させられ、今では魔王陛下こと空目くんの仲間(?)としてクラス中で知られている。 …お蔭様で中々友達とか出来なかったけどさ。 けどまあ、稜子ちゃんや亜紀(亜紀ちゃんと言ったら止めてくれと言われた)、近藤君に村神君の文芸部の2年のメンバとは仲良くなれた。
……暇さえあれば空目くんが口説いてくるのは難点だが。
「にしても、亜紀遅いねえ」
「なんか昨日の夜、怪我しちゃったみたい」
今朝連絡が来たよと稜子が言う。
「亜紀が怪我、ねえ…」
余程慌ていたのだろうかと、その時は緩やかに思考していた。


ちなみに亜紀が来たのは、五限が始まってからだった。
食堂に入ってくる亜紀を見つけ武巳が挨拶すると、物凄く低い声が返ってきた。
(…?)
亜紀がこちらに来ては微かな異変に気付いた。

呪力の、片鱗を。

「…何で怪我したんだ?」
「紙で切った」
「紙ぃ?」
意外に深かったらしく、調べてもらうと化膿してた。と亜紀が言う。
「へぇ……」
「…亜紀、なんの紙で切ったの?」
「何でそんな事聞くの」
興味本意だよと肩をすくめる。亜紀は只の感熱紙だと言ったが、の中に小さな疑問が生まれる。

本当に、只の紙なのだろうか。

では亜紀の指に絡まる呪力は…?と。

「…大丈夫なのか?」
「だから大丈夫だって」
「良かった。村神に続いて重傷者が出たら、三人目が出るかもしれない」
「どういう事?」
「村神、四月に怪我して、治りきらないうちにまた無茶したんだよ」
「それはまた…」
「…悪かったな」
半眼になる俊也に苦笑する。
怪我は別にいいんだけどね…と不機嫌そうに鼻で笑う亜紀。 聞けば、古文の柳川に散々嫌味を言われたそうだ。
「他にも何かあったの?」
「………まあね」
の問いに亜紀が頷き、バックを開け、紙の束をテーブル上に投げ出した。
途端に、呪力の気配が強くなる。
「…………うわ」
「何、これ…?」
FAX用紙には、どれも殴り書きしたような気味の悪いアルファベットが、母音も子音も無茶苦茶にびっしりと書き込まれていたのだ。 あまりの異様さに皆が絶句するなか、空目と、険しく眉をひそめながらもが紙を手にし、眺める。
「…どうしたの?これ」
稜子が気味悪そうに呟く。
「昨日の夜にね、FAXされて来た」
稜子の呟きに亜紀が答える。 計13枚の手書きと思しきアルファベットは併せれば何百何千字にも達している。文字列は所々で大きく途切れ、そこには必ず大きな十字が殴り書きされていた。そして上部に小さな十字架が一つ書き込まれていた。
隣で小さく思い出した…。と稜子が呟く。何が?と稜子に尋ねると少し言いよどんだ後、皆を見回すようにして言った。
「多分、それって"呪いのFAX"だよ」
それを馬鹿馬鹿しい。と亜紀が吐き捨てる。
(…違う)
そのやりとりを聞きながらは心の中で呟く。

これはそんな生易しいものではない。



これは……………………







立派な魔術儀式だ。




「…この文字はどういう意味だろうねえ。何て読むんだろ?…アアハァ〜ゥルアアアァアアアア…」
「やめなさい。恥ずかしい」
稜子がそのまま発音してみるとぺしっと亜紀が頭を軽くはたいく。
「……アテ−・マルクト」
囁くように、けれど耳に残る抑揚のない声。
「え?」
「『アテ−・マルクト・ヴェ・ゲブラ−・ヴェ・ゲドラ−・ル・オ−ラム・エイメン』」
それは、の周りの大気を振動させ、波紋のように広がっていった。



音と共に



世界に膜が張られたように



賑やかな昼の雑踏がすぅっと掻き消えていく。



まるで静謐な空間にいるような静けさ。



冷気がどこからともなく纏わりつくような錯覚さえ武巳達は覚えた。
「<カバラ十字の祓い>か」
「うん。間違いないよ」
空目の言葉で武巳達は現実に引き戻された。さっきの感覚が嘘の様に消えている。
「カバラ……何?」
「<カバラ十字の祓い>。『魔術』の儀式だ」
「ちなみに、私が言ったのはヘブライ語の聖句。『汝が王国、峻厳と、荘厳と、永遠に、かくあれかし』だね。意味は」
空目の言葉をが補足し、 実際に空目が皆にみせる。
「『魔術』は現代で一般にイメージされているものと、本当に実践されているものでは大きく異なる。現代の魔術師は空も飛べなければ炎が出るわけでもない」
魔術とは本来、本人の意識の変容を目的とした呪術だからな。と空目が言う。
(……すみません。空飛ぶ子知ってます。ついでに似たような事私もしてます。)
ちょっとだけ遠い目をする
「じゃ、このFAXには危険はない?」
「俺は善悪は一度も規定していない」
「え?でも魔術は自分を高めるものだから、呪いとかとは関係ないんだろ?」
「それは違うよ、近藤君」
半ば呆れた様にしながらが言う。
「自分を高めるだけなら問題ないよ。けど、それが他者を傷つける目的で扱われれば立派な呪術にもなるの」
紙一重なんだよ。要は目的の違い。そうが言うと納得したように武巳と稜子が頷く
「…あ、そっか」
「二元論的な極論だな。魔術もまた使う者次第だ」
「……了解。−だったらこれはどっちなんだ?」
「危険だ」
空目が言い、も頷く。
「<祓い>そのものは儀式の前準備にすぎないよ。ただ…」
「問題はそれを行う術者の意思の方だ」
の言葉を空目が引き継ぐ。そう、祓いだけならば。
「といっても『魔術』についてなら対策は無意味だと思うがな」
「は……?」
「現時点でEAXの主がどういうつもりか判らない以上、結論は出せない」
「しいて言うなら、気にしない、が一番かな。この場合」
「な、なんで?」
「呪いってね、一種の暗示なの。相手が思い込む事で本当に死んでしまう」
近藤君は信じやすいから特に気をつけてねー。とが笑いながら言う。 その言葉に亜紀が吹き出した。俊也が重々しく口を開く。
「木戸野」
「ん?」
「用心だけはしとけよ」
呪いなんぞより、人間の方がよっぽど危険だからなと脚を叩きながら言い、同感。と亜紀が笑った。 そして五限が終わり、皆次の授業の準備をする。次の授業は空目と同じなので一緒に行く。
「空目くん。亜紀は…」
「ああ。微かに獣の臭いがした」
その言葉にやっぱり気づいていたか。とが笑う。
けれど空目が知らないもう1つの事柄。
亜紀の中に(かけら)がある。
それはにしか分からないだろう。おそらく神隠しであったあやめの力でも分からない。
(厄介な事にならなければいいのだけれど…)
そう心の中では呟いた。

























やっと話進みましたね。すみません遅くて。(平謝り)






06/7/8