武巳視点−回想 に初めて会った時、まず思ったのが魔王陛下と呼び慕う、空目恭一に雰囲気が似ている。というのが武巳の感想だった。そして魔女-十叶詠子とも。 そう、どこか武巳達とは一線おいた異界にいる。 不安定すぎるのに、安定しているように見える矛盾。 それがひどく印象に残ったのを覚えている。 後に魔術師と名乗った彼女は、空目に負けず劣らずそちらの方面に強かった。 そんな彼女だが、武巳はそれ以上の事を知らない。いや、武巳に限らず、文芸部員全員がそうでないかと思う。 何故あの時期に転入して来たのか。 何処から来たのか。 探し物とは何なのか。 何故いつも、一歩離れた場所から自分達を見ているのか。 何も知らないのだ。表面に見えるの姿以外の事は、何も。 「…なあ、」 「なに?」 がやがやと、まだ昼休みの喧騒が残る食堂の一角。いつもの様に集まって昼食をとっていた時のこと。 用事があり席を外している空目を待ちながら、前々から気になっていたことを武巳は口にした。 「がいつも持ってるそれって、何が書いてあるんだ?」 は軽く首を傾げ、あぁ。と鞄から取り出しながら聞き返す。 「…もしかして、これのこと?」 これ、と指し示したのはがよく持ち歩いている黒い冊子。 武巳は大きく頷いた。 気付けばいつも持ち歩いており、時折書いているのを見た事はあったが、それが何なのかずっと気になっていたのだ。 はぁ、と俊也が溜息をつく。 「近藤…お前な」 「だって気になるんだってば。仕方ねーだろ」 「いや、私は別にいいけど…」 でも読めないと思うよ? そう苦笑されながら手渡され、嬉々と稜子と共に中を見てみたのだが。 「………あれ?」 「ちゃん…、これってなんて書いてあるの?」 どの貢を見ても、現れるのは不可思議な図面と見慣れない文字ばかり。 首をひねる武巳達にはだから言ったのに。とぼやいた。 「…これは、ラテン語?」 「あとはルーン文字かな。自分が読めればいいからね、これは」 亜紀の言葉には肯定し、補足する。 「読めればいいって……」 「ほとんどメモ代わりみたいなものだから。だから色々と言葉も使ってるし」 ほら、と示された先には見慣れた漢字や、英語で記されている箇所が見えた。 だが、 「…難しくて理解出来ないんだけど」 多重空間における時間律についてなんて意味が解らない。 「あちこち題目が飛躍してるからね。引用もあるし」 そのせいでしょう。とさらりと流された。 「でもさ、これってなんか…」 「だよねー…」 『魔術書みたい』 ぱらぱらとめくっていた2人の言葉が重なった。 みたいではなく、魔術書なのだが。 「なあ、これ使って魔法とか出来るのか?」 「……近藤君の魔法使いのイメージってどんなのよ…」 「そんなゲームや漫画じゃないんだから、あるわけないでしょ」 思わず天を仰ぐの隣で、馬鹿じゃない。そう亜紀が切り捨てた。 がっくしと沈む武巳に苦笑しながら稜子が口を開く。 「でも、小さい頃は憧れたよねぇ。魔女っ子とか、そんなのに」 昔ステッキ持って、ごっこ遊びしたことあるし。 戦隊モノとかなー。 「まぁ、存在自体が非現実的だから。特に幼い頃は惹かれるんだろうね」 「ちゃんは憧れた事はなかったの?」 稜子が尋ねる。 「―――なかった、かな」 何かに思いを馳せる様に彼方を見つめ、曖昧に笑う。 「そうなの?」 「そういうものだよ」 「憧れなんて、なかったよ」 そう小さく呟いた声は誰にも届かずに大気に溶けた。 10/09/16 up |