今日はやけに騒がしいとは一限の教室へ向かいながら思った。 (何かあったのか?) ここまでザワリと這うような感覚は久しぶりだ。 皆には見えていないが確かに学校中に、いる。あの黒い獣が。しかもそこらじゅうに。 「、おはよー」 「おはよう。近藤君」 同じ授業を取った武巳と合流する。 ちなみに他の文芸部の皆は会話英語をとっている為、空目と合流するのは三限目だ。 「そういえば、野犬が出たらしくてさ、古典の柳川が噛まれたんだと」 そう話す武巳は少し嬉しそうだ。 「そんなに嬉しい?」 「もっちろん。はいいよな。まだ何も言われてなくてさ」 「流石に一週間で被害はでないよ」 苦笑と共に返す。 (にしても…) 黒い小さな獣。幼い少年。その他色々。 「…本当、此処は多いなぁ………」 「え?」 「ああ、うん。何でもない。行こっか」 そう言って、はどんよりとした空を眺めた。 「で、二夜目が来たんだ?」 三限が終わった所で空目と合流し、簡単に話を聞く。ついでにFAXも見せてもらう。 「これはまた…凝ってるねえ」 ご丁寧に今回は逆五芒星の儀式だ。 亜紀になんの恨みがあるのだろうと、徹底しすぎている。 (それに亜紀から獣の臭いも微かにしてたし…亜紀って犬神憑か?) そうすれば獣の事も頷けるのだけど。 「ねぇ、ちゃんはどう思う?」 「え…。どうって?」 「これは、本当に効果あるか、わかる?」 「んー…分からない。喚起する子にもよるから」 基本的に私は精霊魔術派だから悪魔とか天使とかは判ることは判るがイマイチだ。 「子ってあんたね…」 亜紀が呆れた声を出す。 「とにかく、三夜目を見なきゃ判らないかな」 チャイムが鳴り、また退屈な授業が始まった。 「…うわー、やっぱり降ってるよ」 「朝からそんな感じだったからねぇ」 武巳の悲鳴にが間延びした口調で返す。 ようやく四限が終わり、ぞろぞろと部室へ歩く。 (おやまあ…) 軽く片眉を上げる。 渡り廊下に、点々と水の跡いている。見えない犬の足跡だ。最も、私にはばっちり見えているが。 「思ったよりも足跡が小さい」 気付いていたのはだけじゃないらしい。空目が不審な顔をして見下ろしている。 足跡からしてせいぜい仔犬だなと決定つける空目。 と、稜子の様子がおかしい。具合でも悪いのかと思ったがそうでもなく、しきりに「十叶先輩が、」や「狗が…」 とうわ言の様に呟きしまいには泣き出してしまった。 (十叶先輩…ね) おそらく噂に聞く魔女のことだろう。まだ直接会ったことはないが。 「…空目」 俊也が言い、分かっている。と空目がとりあえず部室に行くぞ、と目線で合図する。 亜紀が泣いている稜子を連れて先に歩き、を含む5人がその後に続く。 「……あの…」 「判ってる。…で、"視えた"か?」 こくりと頷くあやめ。 空目も俊也も気付いてるらしく、蚊帳の外は武巳だけだ。 武巳に犬の存在を教え、2人には黙っていろときつく口止めしてから部室へと歩きだす。もちろんもそれに続く。 と、ガサリと少し後ろの方で音がしたので静かに振り返ると、黒い毛並みの猫、ユッカだった。 「ユッカ。とりあえずおいで」 小さく言うと音も立てずに肩へと跳び移る。そしては遥か前を行く空目達を追った。 「大丈夫?」 「うん…ごめんね」 にぁ− ユッカの鳴き声に驚いたように皆が一斉にこちらを見る。 「猫…?」 「、そいつは?」 「さっき見つけて。外じゃ犬うろついてるかもしんないから危ないでしょ?」 空目の問いににっこり笑う。白々しいがこの際仕方がないということにする。 空目も一応分かってくれたようだ。 「実はな、『呪いのFAX』にはどうしても解せない部分があった」 それは此処、羽間では中高生の多くが寮生活ということ。ふぅん。と興味深げに耳を傾ける。 の場合はアパートを借りた為その点に関しては気付けなかった。 ひた、ひた。ひた…… (また増えてきてるなー…一応、気休め程度だけど何かしといた方がいいかもしれない) 空目の話を聞きつつ、ユッカを撫でながら耳を澄ます。 耳につくのは雨と風の唸る音、そして小さな幾つもの足音。気配。 器はそのままに意識だけ外界へ張り巡らす。大勢の人の気配を除外し、関係ない雑魚霊共を除外。 動き回る無数の気配だけを抽出し範囲を特定、おおよその数を把握する。 こんなものか。と意識を引き戻すとあやめの視線とかち合った。 「ー…?」 「えっと…何?」 話はかなり進んでいたらしく、聞いていなかったのか。と軽く空目に睨まれる。 「今日、日下部と一緒に木戸野の家に行け」 「稜子ちゃんは分かるけど……何故に私?」 「帰りがけだからいいだろう」 「まあ、ね。どっちにしろ、亜紀の家、拝みたかったし」 「期待するだけ無駄だと思うけどね」 「それでもいいの」 「…ま、いいけどさ」 渋々亜紀が頷く。 それで話は終わり、ぞろぞろと部室を出る。 「、分かっているとは思うが」 「偵察、でしょ?」 大丈夫。とユッカを撫でながら目を伏せる。 「危なくなったら引け」 空目のその言葉には目を見開く。 「…空目くんの口からそんな言葉が聞けるとは」 うわー明日は槍でも降るかも。とくすくすと笑う。 いつの間にか黒い獣達は姿を消していた。 06/8/25 |