早朝、教室の戸が開かれあちこちに傷を負った亜紀が入ってきた。しん、とした教室に亜紀の足音だけが響く。 「…職員室に鍵がないから、誰が先かと思ったよ」 抑揚の乏しい口調で亜紀が呟く。そしてくるり、と空目達を見回しの所で視線が止まった。 何?と軽く首を傾げると亜紀の表情が漸く少し崩れた。 「、一応礼を言っとくよ」 「あぁ…塗り薬は役に立った?」 「…まあね。止血代わりにはなったよ」 「そう…よかった」 そこで会話は終わり、空目から2、3の質問を受けた後、亜紀はもそもそと机に突っ伏した。 そんな亜紀の様子を見ては目を細める。 隣では武巳が何やら空目に抗議しているが今のにとっては唯の喧騒に過ぎなかった。他の事に気を取られていたからだ。 (呪力の気配が強い……一体何処から?) おそらく、亜紀に送られて来たというFAXだ。 先程の空目の問いに亜紀はFAXは捨てたと言ったが、この呪力の気配からして念の為持ってきたのだろう。 そこまで思考を進めてとりあえず皆の方に意識を向けると、丁度、空目が呪いのFAXを広げた所だった。 (なんとまぁ…目茶苦茶な) 広げられたFAXを見ながら思わず呆れ返る。 ヒトガタやら梵字やら般若心経やら。だ。 「木戸野に送りつけられたFAXは、いま世間で言われているところの『呪いのFAX』とは違うかもしれないという事だ」 かもしれない。じゃなくて違うんだよ空目くん。 突っ込みたくなったが話がややこしくなるので胸中だけで留めておく。 「なんにしても、最悪な状況だねこれは」 の呟きにそうだな。と空目は軽く肩をすくめる。 「そうなると………昨日木戸野の家で、日下部とが感じたという事態が今の情報の全てだな」 「……私は昨日話したのが全部だよ」 「分かっている。…日下部、何があった?」 ぽつりぽつりと話し始めた稜子の声を聞きながら、は深い眠りに落ちている亜紀を静かに眺めていた。 (遅かったか…) ぎり、と唇をかむ。 教室は酷い有様だった。ガラスというガラスが割れ、落ちた破片が蛍光灯に反射している。 とっさに風の障壁を張ったがそれでも被害は大きい。 「…空目くん」 「ああ、木戸野を捜すぞ」 二手に別れて歩き出す。武巳と稜子はクラブ棟へ、達は反対側へと足を向けた。 一時間ほど探し回った後、空目達は一号館に戻って来ていた。 と、 「見ぃつけた」 鈴と声がかかった。 「こんにちは。”影”君に”シェーファーフント”君。―――そしてはじめまして。"魔術師"さん」 くすくすと魔女が笑う。 「十叶、詠子…」 「あれ、知っているんだ。私の事」 「噂で貴女の事を聞いたもので」 そう、噂で。初日からこの学校の中を周って集めた中に彼女の噂があったのだ。 「そうなんだ。…んー、貴女は”影”君達よりも私に似ているね」 「似ている…?」 「そう、似ているの。私に」 無邪気に微笑う。 その仕草に僅かに眉をしかめる。何もない。いや、なさすぎるのだ。通常纏わり付くはずの邪気さえも。 「私に何の用ですか?」 「おい、」 「私は大丈夫」 村神が言うが、手を軽く振ることで黙らす。空目は無言で達の会話を聞いている。 「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。今日は挨拶しに来ただけだから」 クスリと首を傾げながら詠子が言う。 「"魔術師"さんも、この物語に参加するの?」 「…参加するしないはともかく、十叶先輩。貴女は何をしたんですか?」 の言葉に一瞬きょとん、とした後、くすくすと嬉しそうに笑いだした。 「すごいすごい!こんな短時間で貴女はそこまで導きだすなんて」 「質問に答えてください」 「私はただ、ちょっとだけ手伝っただけだよ」 その言葉には軽く眉をしかめる。 空目が木戸野を知らないか、と尋ねると詠子は微笑いながら木戸野さんならつい先程帰っちゃったよ。と教えてくれた。 「やっぱり面白いね貴女は。…よい物語を」 そう言い残して脇を擦り抜けた。は暫く詠子を睨んでいたが、ふぃ、とこちらを向く。 「…で、どうするの?亜紀は帰ったらしいけど」 「そうだな…。木戸野の荷物が残っていれば対策がつけやすい」 「だったら教室に戻ろうぜ」 もう他の奴らはいなくなっているしな。 村神の言葉に空目が頷いた。 武巳達が戻ってきたのはそれから数分後のことだった。 あやめにペンライトを持たせ空目が持ち物を確認していると、ぶわ、と呪力の気配が濃くなった。 「これは…幸運だな」 空目が亜紀の鞄から取り出したのは、くしゃくしゃになった感熱紙だった。 「…もしかして、"三夜目"?」 間違いないと空目が答え、それらを机に並べて照らさせる。 (…っ。これ、は…) 「ゲーティアの、喚起、呪文…」 「判るのか?」 愕然としながら頷く。 だとしたら、これは… 予想が確信へと変わる。 「ゲーティア?」 「魔道書の名前だ。『ソロモン王の小さな鍵』の別名」 空目が言いながら作業を続ける。と、その時開いた一枚には、円に囲まれた奇妙な模様が描かれていた。 ナスカの地上絵を彷彿とさせる、牝牛か何かを図案化したような図象。 空目が何か武巳に説明しているが、は聞こえていなかった。ただただその図象を眺めている。 「喚起…そっか…そういう事、か」 「?」 村神が声をかけるが聞こえていないようだ。 「…………ユッカ」 にあー 「え…猫?」 暗くてよくは見えないが、蒼い瞳が下から見上げていた。ビクリとあやめが猫を、を交互に見る。 「…行きなさい」 にぁーお の声に応えたかと思うと、すっと姿を消した。 「大丈夫だよ、あやめちゃん。あの子は」 静かな笑みをが浮かべた。 (鈍ったなあ私も。こんなのすぐ解りそうなものだというのに) 空目も数秒にして己の失策に気付いたようだ。 魔術師は、二人。 書いたのが久しぶりだったのでちょっとリハビリ物となってしまいました。 詠子さんのご登場。彼女は大好きです。 06/11/18 up |