「いつから気付いていたのかね?」

闇が凝縮し、応える。ゆっくりとが振り向くと、世界が変じていた。
世界は砂色の荒野が地平線まで続き、空は闇一色。
遠くの方にオベリスクのような奇妙な構造物が点々とし、重力を無視して伸び上がり、斜めに傾ぎ、弧を描いている。 そんな中、闇に溶けるように『彼』が佇んでいた。
「十叶先輩と会ったときから、かな。違う気配が残っていたからね。
  …なんと呼べばいい?」
「『神野影之』と」
「神野さん、ね。…それで、私に何の用?」
淡々と目の前の人ではない『彼』に尋ねる。

「興味を惹かれたのだよ。―――招かれざる異世界からのお客人」

くつくつと闇が嗤う。どろりと甘く、声に捕われる感覚に軽くは眉をしかめる。そんなを何故か懐かしむように神野は目を細めた。
「いやはや、君は実に興味深い。闇に身をおきながらも、そうして現世にいるのだからね。"鍵守"であり"異世界の魔術師"。
―――正直、この時間枠で出会えるとは思わなかったよ」
「こちらは会うつもりもなかったさ。"夜闇の魔王"」
ぱさ、と髪を後ろに払いながら神野の言動をばっさりと切って捨てる。
「手厳しいな。同じ闇に属するというのに」
「闇は闇でも貴方の陰険なのとは違う。一緒にしないでほしいんだが?」
「これは失礼」
「謝られてる気はしないが……ま、別にいいさ。疲れるたけだからな。…そろそろ返してくれるかな?」
「君の友達が何処にいるか聞かないのかね?」
「…どうせ貴方の事だから、もう既に亜紀は家に送り届けたのでしょう?空目くん達は転がる石を止められない。私とこうして会話をしているのは唯の時間稼ぎ。
――貴方といい魔女といい、嫌な人ばっかり」
軽く嘆息しながらは神野を小さく睨みつける。
「亜紀はこちら側に返してもらう」
「それを本人が望まないとしても?」
神野の問いに、それはないんじゃないかしら。とはうっすらと笑む。
婉然と。普段とは違う、魔術師の顔で。

「人は誰しも、他人なしでは生きていけないだよ?

 彼も、

 彼女も。

 そして、私もね」
そう言って、くるりと異界に背を向けて歩きだす。その言葉に神野は暗鬱に笑って闇の中へと消えていった。









夜が明けた。
朝になり学校にいくと、皆が一様に落胆していた。
やはり亜紀は姿を消してしまったらしい。
その代わりとはいってはなんだが……宗谷という男子生徒の死体が今朝見つかったそうだ。
「野犬に襲われたってあるけど、コレ…」
「間違いないな。その宗谷という三年が『呪いのFAX』の"送信者だ"」
「…ふぅん」
「やっぱりそう思うか…」
感情のない返事をがし、武巳が溜息をつく。
昨日の事のあらましは既に空目達から聞いていた。その後、機関が待ち伏せしていた事も。
おそらく、今もなお、監視をしている事だろう。
(…あまりこの敷地内で術、使いたくないのだけど……この場合、しかたないか)
軽く嘆息をつく。
「何とか"黒服"より先に木戸野を見つけなければな…」
空目の発言に武巳が疑問の声をあげる。
「でも、どうやって?」
「…気が進まないが、あれしかないだろうな」
「だな」
空目と俊也に続き、も溜息をつきながら頷く。
「行きましょうか。…"魔女"の所へ」

「…
「何?村神くん」
魔女である詠子の元へ行く途中のことだ。のやや後ろを歩く俊也に抑えられた声で尋ねられた。 前を進む空目達には聞かれないようだろう。同じ様にも声を抑えて聞き返す。
「…魔女がお前に言った"魔術師"は、どういう意味だ?」
「どういう意味、ね…」
村神が言っているのは十中八九、昨日魔女と邂逅した時のことだろう。あの後、何か聞きたそうにしていたのはコレかと思い当たる。
「どうなんだ?」
「そのままの意味。後は好きにとって構わないよ」
「おい」
「大丈夫。コレが終われば、皆にも話すよ」
だから暫く待っていてと言うと、村神はそれきり口を噤んだ。





「………そんなに木戸野さんが心配?」
昼休みの渡り廊下で"魔女"は微笑んだ。
「当たり前です!」
「忠告はしたし、あの子はとても賢い子だよ。自分で答えを出すと思うけどな………」
邪気の無い笑みで詠子は皆を見回して言う。
「急ぐ必要があるんです」
「これは彼女自身の問題だよ?」
わかってますよ。と空目が答える。
「微妙な問題だよ?他人には解らない、彼女だけの問題 」
「ええ」
「しかも結論を先送りにするんじゃなくて、ここで今『答え』をださなきゃいけない。他人が関わると妥協になっちゃうと思うけどな」
そう言った後で何かを思い出した様に続ける。
「ああ、でもさんは知る必要があるのかな?」
「……先輩はどこまで知ってるんですか」
軽く頭を傾けられる。皆の視線が集まるのを感じながらは静かに詠子に問うた。
「うーん。おおよその事なら知ってるよ。アレを探してるんでしょ?」
「…ほんっと、嫌な人ですね先輩も」
だから関わりあいたくなかったんだと口の中で呟く。
全てを知った上でのやり取りに皆は首を傾げている。
「あんたは何を知っている?」
"知ってる"じゃないよ。"わかる"だけ。と空目の問いに詠子は微笑む。
「自分の中にある"逸脱"に気付いた人間は、いつかは世界に対してのスタンスを決めなきゃいけない」
謡うように詠子の言葉は続く。
「その"逸脱"が大きければ大きいほど、振り回されてしまうから。

…あなたはもう、決めている。そして貴女も、私も、決めた。

でも彼女は今から決めなければいけない。それは彼女が決める事。……ね、違う?待つべきだと、思うけど?」
「そんな暇はない」
詠子の言葉を一言で切って捨てた空目。
「じゃあ、あなたが決めてあげられるの?」
「必要ならば、それでもいい」
「………あなたは自分が少しも解っていないのに、まるで解ってるように正しい事をするねえ」
そう思わない?と詠子はに話を振ると、それが空目くんの"本質"だからでしょう?と肩を竦めては答えた。
「導くのは"影"の役割。違いますか?」
「うん。違わないねぇ」
くすくすと詠子が微笑う。
「いいよ。協力してあげる、って言いたいところだけど…必要ないんじゃないかな?」
すっと詠子は指先を向ける。指し示したのは―――。
「……おれ?」
「誰かを探すための手段なら、あなた達はもう持ってるはずだもの」

ふわり、と詠子が囁くように言った。














夢主が異世界から来たことは魔女と神野さんと空目くんしか知りません。まだ、ですけど。
関係ありませんがようやく、管理人は全巻揃えました。





06/12/28 up