03.禁じられた遊び

さやさやと梢が揺れ池に漣をたてる。そして空を見上げ微笑む少女

誰もが一度は見るその光景、噂

"魔女の座"と呼ばれる日常から乖離された場。


「魔女の座、ねぇ…」

どちらかというと王国の方が相応しいのではと口の中で呟く。
その声に気付いたのか、王国の主は彼女は振り向いて嬉しそうに目を細めた。

「来てくれたんだね。"魔術師"さん」

「"魔女"直々の招待だからね」

"魔術師"と呼ばれたは口の端を軽く持ち上げた。




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04.差し入れ

「やあ空目くん。一日ぶり」
か」
「もう周知かもしれないけど、明日は村神君だからね?」
「分かっている」
「…ならいいけれど。いつもの様に冷蔵庫に入れておいても?」
構わん。と家主の返事が返って来た為迷わず家に上がりこむ。


夏休みが始まって早一週間。

本に没頭し寝食を忘れてしまう空目に対し、村神が考案したのが日替わりで食事を持っていくというものである。

…餌付けをしている気がしなくもない今日この頃。

そう考案者に告げると目を逸らされた。同じ事を思っていたらしい。






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05.鏡

意匠の施されたアンティーク調の等身大の鏡。
ついこの前学校で小崎摩津方のものを見ていたせいもあり、不安はつのる。

「なあ、これ普通の鏡だよな…?」
「一応」
「一応って何っ?!」
「鏡って、あちらとの行き来がしやすいんだよね…。その他にも色々と用途はあるし。
古い物だとそれだけで霊的価値が付与されることも多いし」
「ち、ちなみにこれは…?」
おそるおそる尋ねる武巳ににこりとは笑む。
「さて、ね」
含みのあるそれが怖いんだってば…!と内心武巳は悲鳴をあげた。



「近藤…からかわれてるよ、アンタ」
「からかった本人が言うのもなんだけど、相変わらず鵜呑みにしやすいね」

はぁ、と亜紀がため息をついた。





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06.エスケープ

前方から聞こえる、バタバタと走る騒音と数人の声に何だろうと沙羅が首を傾げているとはた、と俊也と遭遇した。

「、…」
「そういう村神君は?」
君こそ廊下を走ってるの珍しいね。そう言い終える前には腕を掴まれ、走りだされた。
「はっ?ちょ、何っ…」
「いいから走れ!」

少し走った後、角を曲がり手近な教室に滑り込む。息を殺し外を伺う俊也をやや呆れた目でみながらこちらも息を殺す
入った数十秒後、廊下を走る先程の足跡が通り去り、しばらくして大きく息をついた。
「…お疲れ様?」
「おー…」
飲もうと思って買った烏龍茶の紙パックを俊也に向けて軽く放る。それを飲む彼を見ながらさっきのは何?と問い掛ける。
「…もうすぐ体育祭だろ」
「あー…、そうだね。プラス、部の勧誘みたいだったけど」
君、足速いものね。とぼやく。
「でも私まで逃げる必要ってあるの?」
「……お前だって充分足速いだろうが」

自覚ないのか?そう問われては肩をすくめた。





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07.黒づくめ

「黒は闇や死を表し、それは魔術的にも価値があると云われている、だったかな。ちなみに喪服に黒が一般的になったのは大正からだったらしいね。それまでは地方事に違っていたらしいよ。
そして黒は光を吸収してしまう性質を持っているんだけども」

ねえ空目くん、君、暑くない?

夏休暇明けの放課後、部室の熱気を逃れる様に各々外の日蔭にたむろしている。
「…たぶん本人も分かってると思うけど、脱水症状がでる前に水分補給するよう後で伝えておいて、あやめ」
空目達とは少し離れた木陰で涼みながら、は隣にちょこんと座るあやめに呟く。こくこく頷くあやめにうんと頷いた。
「素直だね、あやめは。誰かとは違い」
「―それは私に言っているのかね?」

他に誰がいるんだ。誰が。そう背中に感じる闇に応える。
「君の事だから、私には言わないのだろう?」
「当たり前でしょう。神野、君は体感すら必要ないだろうが」

だから私は君の事が好ましいのだよ。

くつくつと暗鬱に嗤う神野に疲れた様に息をついた。





…君と話をしていると疲れる。

それはそれは。





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11.追憶

ふと深淵から浮かんでくる様に

意識の隙間を擦り抜ける様に顕れるそれ

声を覚えている

後姿を覚えている

皆がいた空間を覚えている

彼等は確かに存在していた




けれど、

掌から零れ落ちる様にやがてそれは記憶の中に埋没されていくだろう

その事実が、少し怖い





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13.噂

さわさわと、が転校してきてからすぐの事、こんな噂が流れていた。曰く、
「『魔王こと空目恭一が転校生に好意を寄せている』」
「……」
「……」
「……稜子、あんたね」
有り得ないでしょう。と亜紀が呆れた表情で言う。
「でも仲良いじゃない」
「確かになー」
稜子の言葉にうんうんと頷く武巳。俊也は亜紀と似たような視線を向けている。
「そもそも、恭の字に恋愛沙汰を期待する方が間違ってるって」
「うーん、そうなのかなぁ。ちゃんの方はどうなのかな?」
「本人に聞け」
がその噂を聞くまで後数分。





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19.足元の影

「魔法使いが魔法へとなる事は最大の禁忌」
とつ、とは呟く。
「そこまでして、貴方は何をしたかったのかな?」
くつくつと嗤い、揺らめく足元の影に、問うてみた。
……もっとも、いつものようにはぐらかし、煙に巻いてしまうのだろうけれど。





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21.匂い

「空目くん。この前読みたいと言っていた本、持ってきたよ」
「すまんな」
「別にいいよ。また本借りに来たついでだから」

学校が夏期休暇に入りそれぞれの家を往復している二人。
の所には職業上魔術関連が多いし、空目の家には黒い関係が多い為何かと面白いのだ。なので2日に一回はこうして会っている。
空目が食事を殆ど取らないのが発覚し、せめてお昼位は取れと本人に訴えたのは記憶に新しい。
本を物色しながらつらつらとが回想していると空目から視線を感じた。
「なに?」
「… 、少しいいか」
は?と頭に疑問譜をつけながらも一応了解する。
空目は静かに歩み寄り、おもむろにを抱きしめた。

「…………!?」

驚いたのはの方だ。
「う、うう空目くんっ?!ちょ、なっ?!」
離れようにも動けず、後ろは本棚である。何とかして離れようとしたら、逆に抱きしめる力を強め肩に顔を埋められた。

(……私にどうしろと)

万事休す。
は空目が暫く離れる気がなさそうな為早々に諦めてしまった。
此処で恥じらいの一つもない辺り、普通の反応ではない。というか性分的に出来る筈がないと断言できる。
「…おーい、空目くーん」
戻って来てくれとペシペシ頭を叩くと、漸く空目はから離れてくれた。
知らず詰めていた息をはきだす。
突飛な行動はいつもの事とはいえ、流石に今回ばかりはも慌てた。(恥じらいはしなかったが)一体何がしたかったんだ君はと軽く睨む。
「それで?今の行動の意味は一体何?」
「…から何かの匂いがした」
「匂い?」
ぽつりと呟かれた言葉に訝し気に聞き返す。
「ああ。植物の様な匂いだ。覚えはないか?」
は植物か…と口の中で呟き、暫くしてからあぁ、と声を漏らした。
「それ多分軟膏だよ。昨日から作っていたから移ったんだろうね」

の場合、自身が扱う魔術の他に魔女術と錬金術に手を出している。両方ともどちらかといえば趣味に近いのだが。
余談ではあるが、夏休み前に起きた亜紀の事件の時に彼女に渡した軟膏も沙羅が作ったものだ。
「けど、そういう事は口で言って。口で」
「……」
「無視するなっ」



魔王様セクハラです(笑)

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22.歌

にっこりにっこりと、妙に朝から機嫌のよい稜子に武巳は首を捻った。
「なあ稜子ー、今日ってなんかあったか?」
「んーとね、やっと今日なの」
えへへ、となおも笑う稜子にますます困惑する。
「あのね、今日って選択でしょ?」
「まぁ、そうだけど」
ちなみに武巳は村神やと同じで体育選択だったりする。
「あたしとちゃんてね、音楽でこの前から一人一曲歌ってるんだけど」
そこまで聞いてやっと武巳もわかった。
「今日はの番なのか?」
そう聞けば、「うん。だから楽しみなのー」と首を縦にふられた。

どんな声で歌うのだろう。
ほんの少し、聞いてみたくなった。




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27.テスト

「近藤、これは倒置法。あと、求められている文はこの頁の此処とこの行だから」
ちゃん、これは?」
「ん、と。それはこの頁。下段から4,5行目」
「はー。助かった。ありがとな、木戸野!!」
「それはどうも。…けど普通、授業聞いていれば解るものだと思うんだけどね?」
「それは言わない約束なの、ちゃん!あーっ、あと少しで昼休みがっ!」
「煩いよ、稜子。あと小テスト、赤点だしたら許さないから」
「二人共、次の古文頑張ってきなさい」

流石にこれだけ脅せばどうにかなるだろう。亜紀とは視線を交わして、溜息をついた。






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28.嫌がらせ

「……………何それ」
第一発言がそれだった。
「えー?」
「えー?じゃない。何がどうしてどうなったらそんな噂が流れるのよ」
「多分あれじゃないか?転校初日に陛下に呼出しされたから」
そ れ か。
はものすごーく迷惑そうな表情をする。
だからか。何故か周りからひそひそと遠巻きにされていた理由は。
「……平気か?」
「……これは私に対する嫌がらせですか」
俊也は無言で、亜紀は肩に手をのせを慰めた。





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29.ひそかな特技

カチャン、と錠の開く音が響く。
「「……」」
「……なに、みんなしてその反応は」
「いや、たださ…」
「いとも簡単に鍵をはずしちゃったな−って」
、この種類の錠前を知っていたのか?」
「まぁ、家にも似た造りのがあったから。それに大抵の鍵は開けられる」
「…ちゃん、犯罪には手を染めないでね…?」
「失礼な」
余程、必要な時にしか使わないよ。
ヘアピンを仕舞いながらは呆れた表情で言った。





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37.キス

一目につかない樹の根元には座り込み、ぱらぱらと頁をめくる。ふとそこに影がさした。
「フレイザーの『金枝篇』か?」
「そうだけど…何か用?空目くん」
図書館で物色したら、懐かしい物を見つけたので借りてきたのだ。
「俺は特にない。日下部は探していたがな」
「稜子ちゃんが?」
手を差し出されたので、つかまりながら立ち上がる。
「特にこれと言ってはなかったはずなんだけどね。何か聞いてるの?」
いいや、と首を横にふられる。そう…。と呟き、ふと顔を上げる。
「にしても、よく此処が判ったね?」

今いる場所は少し奥まった場所で、通りからは見つけにくい筈だ。
「何度か見掛けたからな」
「…何処からよ」
「何処からか、だ」
空目の言葉にむぅ、とは軽く睨み上げる。
「…………ところでいつまでしてるの君は」
「何がだ?」
「……手をはずしたいのだけど」
ちなみに先程からずっとの手は空目に掴まれている。はずそうとしているのだがはずれない。
「細いな」
「君に比べたらね。っていうか答えてないよそれ………っ!?」

指先に触れる感触に思わず体を硬直させる。
なに、と思うまもなく視線があった。

「〜〜〜〜っ、空目くん!」





彼に翻弄される自分がたまらなく、むかついた。




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38.見てはならないもの

見てはならないもの。というか普通であればまずありえないもの。
が部室で珍しく寝ている。そこまではいい。
その隣であの空目が微笑っている姿など誰が考えよう?

「……木戸野」
「……言わんでいい。村神」

とりあえず、
何も見なかったことにしようと二人は部室の前から背を向けた。





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39.世界

世界は、箱庭なのだとは言う。
「表現は人それぞれなのだけどね。過去も現在も、そしてこれから起こり得る未来の記憶が世界に刻まれているのは変わらないから」
「そういうものか?」
「そういうものなんだよ。少なくとも、彼等にとっては。
愛すべき、慈しむべき物。最低限しか介入できない傍観すべき対象」

我が子を愛するのは、当たり前の事なんじゃないかな。

そう呟いて、彼女は目を伏せた。


実はこのサイトの根幹的基盤だったり。





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40.着信履歴

ここ最近の履歴を見て沙羅は何ともいえない表情を浮かべる。
「……なんだかなぁ」
唯の連絡事項だと言えなくもない。一言二言ですぐ終わるものとはいえど

「…流石に、こんなになるとは誰も思わないだろうが」

塵も積もれば何とやら。
沙羅の携帯の着信履歴には”空目恭一”の文字。それが十数件に及べば呆れを通り越していっそ清々しいともいえた。





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42.魔王

夜闇の魔王と人界の魔王。
どちらの手をとるかと聞かれたら、きっと

「間違いなく君の手をとっていると思われるよ。空目くん」
カップの淵に口をつけながらが答える。
「意外だな」
「そう?リスクの大きい方をわざわざ選ばないだけだよ。…実際、私は君の前にいる」

それがなによりの証拠だろう?
目を細めながらは呟いた。





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44.誰にも言わない

玄関のチャイムが鳴る。誰だろうとがドアを開けると、

「「こんにちはー」」
「…………みんな?」
文芸部のメンバが揃っていた。
「えへへ、ちゃん遊びに来ちゃった」
「……」
呆気にとられていたが、はっと何かに気付きリビングの方をみやる。

にぅー

「ユッカ、頼む」
の意をくんだのかリビングに消え去るユッカ。それを見届けたはくるりと皆の方を振り向いた。
「いらっしゃい。何にもないけど、それでいいならどうぞ」
ただ、お願いだから事前に一言言ってくれ。と空目達に苦情をこぼした。


「うわぁ、広いねー」
「まあ一軒家だからね」
リビングに皆を通し、さりげなくテーブルに置きっぱなしだったグラスを回収する。適当に座っていていいよと声をかけてキッチンへと足を向けた。
「あの、手伝います」
「ありがとう。あやめ」
カチャカチャと陶器の音が小さく鳴る。

「茶葉はこれでいいとして…ああ、焼菓子が残っていたか…。それにしてもあやめ、何故みんなが私の家に?」
「あ…えっと…その、さんの家に遊びに来たかったらしくて……すみません」
「あやめのせいじゃないよ。気にしなくていい」
「はい…すみません」
「………あやめ」
「え、あ……っ?」

あやめが言葉を発そうと口を開けた所でマカロンを一つ口に入れてやる。
目を白黒させている神隠しの少女に沙羅は緩やかに微笑い、食べていいよと言いながらトレイに人数分のソーサーとお菓子を乗せていく。あやめが小さく声を発した。
「甘い……おいしい、です」
「だろうね。ユッカもそれをよく好むよ」
魔公子は甘いのは余り好きじゃないらしいが。と言葉を続ける。

「あの、さん…。彼は一体…」
あやめの問いに、少しだけ目を細める。 「彼はとある世界に存在する悪魔の一人。…彼の事、空目くんは気付いてるか?」
の言葉にいいえとあやめは首を横にふった。
「そう…。なら、言わないでおいてくれ。彼は悪さをしないから平気。大丈夫だよ、あやめ」
「…はい」

頷くあやめに微笑みながらティーポットに茶葉と沸騰した湯を入れ砂時計を返し、トレイを持ち上げ皆のいる方へと足を向けた。








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45.制服

「ねえちゃん、ちゃんの前の学校の制服ってどんなだったの?」
「…制服?」
常時携帯している黒いノートに何やら書き込んでいたが顔をあげる。
「どんなって?」
「うちの学校みたく、私服かどうかって意味じゃないの?」
隣で本に視線は向けたままで亜紀が言う。
「どんな…ねえ。カトリック系だったから黒で纏まっていたけど」
「魔王様みたいな?」
「……表現は微妙だけどそんな感じ」
が頷くときらきらとしか表現できない視線を受けた。

「………何」
「是非着て来て!」
「気が向けばね」
さらっと流し溜息をついた。





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