空と、水面の境界が曖昧な不可思議な空間。蒼い、碧い空と水。
よく知っている。
此処は、自分の夢の中だ。
目の前で燻した銀色が風に緩やかになびく。
紅闇玉にが映った。

「   」
『   』
ワタシには、
アタシには、


それが、当たり前の事だった。


(崩壊はいらない)

(構築はいらない)

(共有を望んで)

(停滞を望んで)


この世界がずっと、ずっと…

どうか自分が死ぬまで続く果てのない願いを

いつか来る均衡が崩れるのが、


(怖かった)






電子音が頭上から聞こえ、むぅー…とうめきながら手を伸ばす。2、3回ぱたぱたと叩き、ようやく触れた携帯を引き寄せて音を消し、時間を見る。6時55分。50分にアラームを設定したから。意識が沈みそうになるのをこらえながら、は軽く身体をのばした。
「…ゆめー、だったなぁ」

自身の不安や悩みを反映するとか聞いた事はあるけれど。

「疲れているのかなぁ…」

疲れてると言えばそうかもしれない。次の日曜何がなんでも休みもぎ取って遊びに出かけよう。うんそうしよう。それにしても眠いなぁ……。
ふぁ、と欠伸をし、よしっと気合いを入れてちゃっちゃと制服に着替え、学校へ行く仕度をしていく。
「行ってきまーす」

今日も何事もおこりませんよーに。







一日中、眠気と戦いながら時間を過ごした。久しぶりだなーこんなに眠いの。昼休みは雲雀くんに「そんなに眠いのなら僕が眠らそうか?」とかすごくいい笑顔でトンファーちらつかされたし。(もちろん全力で断った。冗談でも怖いよ雲雀くんが言うと…!)
たはーと机に突っ伏す。そんなに笑い声が上から降りかかる。
「頑張れー。後6限だけだから」
「その1時間が辛いんだってばーっ」
佳奈枝の意地悪ー。と言えばこんなん意地悪に入んないわよと返された。
うぅ、やばい。放課後寝そう…!てか次の数学すらやばい…!(苦手な人)
そんなにはぁ、と香奈枝はため息をついた。
「あーもー…そんなに眠いなら寝ちゃっていいよ。後で教えてあげるから。ナミモリーヌの季節のタルトとモンブランで手を打ってあげる」
「ってそれ取引じゃんか?!」
「勿論。ただで教えるとは言ってないじゃない。世の中ギブアンドテイクよ」
「うー−っ、どっちか1個!」
「えぇー?……ま、いいわ。その代わりケーキセットで宜しく」
「しっかりちゃっかりしてるよね佳奈枝って…」
、いまさら気付いたの?」
どちらからともなく二人はくすくす笑う。
「それじゃあ、後でお願いします佳奈枝センセ」
「はいな。おやすみ、

チャイムが鳴り、先生が授業を始める。その声を聞きながらゆっくりと意識が沈んでいく。
(1時間位で、起きよう…。それくらい寝れば、多分、目も覚めるだろう…し…)
くぁ、と小さく欠伸を一つしては意識を手放した。






ぱさ、ぱさと紙とシャープペンの音が静かな応接室の中に響く。元々静かな此処は、外から聞こえる部活の喧騒位しか聞こえない。草壁は相手に聞こえないように息をつく。
そう、今は放課後なのだ。いつもなら授業が終われば駆けて来て、走るなと注意を受ける彼女の姿がない。
もう一度、ため息をつく。
、早く来ないと委員長の機嫌がどうにもならなくなるぞ…?)
現に応接室は時間が経つにつれて居づらくなってきている。先程報告をしに来ていた草壁は、の姿が見えなくて二人に何かあったのかと思ったほどだ。(実際はが来ていなかっただけなのだが)

「草壁」

「は、はい」
「校内の見回りに行ってくる」
「…了解しました」
ばさりと学ランを羽織り、どこか苛立ちを含んだ足音が応接室から遠ざかっていく。
主のいなくなった部屋を見渡し、草壁は安堵とこれから起こるであろう事態に息をはきだした。








かつかつと、適当に残っていた群れを咬み殺しながら校内を回る。
自分でも何をしているんだろうといらつく。がいない。ただ、それだけなのに。

(息苦しい…)

そんな言葉が浮かび上がってき、眉をよせた。じわり、と不快な音が胸中に広がる。

こんな感覚は、知らない。

いや、以前にも何度かこの感覚は感じた事はあった。ただ気付かないふりをしていただけで。
(ただ面白そうな存在だと思っただけなのに) (くるくる変わる表情が空気が心地よくて) (離したくなくて傍に置きたくてでも嫌われたくなくて)
纏らない思考を振り切る様に雲雀は教室のドアを開けた。












季節が濃くなった今、日が暮れるのは早い。
2Aの窓際、夕日に照らされ机に突っ伏して寝ているを見つけた。



すやすやと気持ちよさそうに眠る彼女に呼びかけてみるも、起きる気配はない。
嘆息してなんとなく前の席に座る。

「ねえ、いつまで寝てるつもり?」

小さく囁く。返事はもとより期待していない。つまらない為がいつも首筋の所で結んでいるゴムを外してみた。さらりと栗色の髪が広がる。滑らかな感触を指で感じながら雲雀は目を細めた。
先程まで胸中にあった何かは今は姿を消していた。分からなくはない。答えは既に雲雀の中に出ている。けれど、そう簡単には認めたくなかった。


一度気付いてしまえば、戻る事は出来ないと知っていたのに







、」


呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。










08/09/20 up