「ふぁ…おはよう、カノン君」
「おはようございます、さん」
「手伝うねー」
へにゃと笑いかけるとお願いします。とカノンが笑った。

あれから。

本当に申し訳なかったけどカノンの笑顔の前には何故か勝てず、流れに流されて居候に決定。あっという間の出来事だった。(後で聞いた所、カノン君の笑顔はバノッサでも勝てないらしい)
そんなこんなで一週間、経ってしまった。手伝いをしながらぼんやりと思った。
「どこにいるの、かなぁ……」


はまだ見つかっていない。

けれど死んでないのはわかる。

私達は双子だから。彼女は私の半身だから。

何かあれば何となく判る。



例え、遠くにいても。




さん、バノッサさん起こしてきてもらえますか?」
「あ、はーい」
カノンに言われ階段を駆け上がる。
2階は部屋が4つ。手前がカノン君でその隣が私。一つ物置部屋を挟んで一番奥がバノッサの部屋だ。
「バノッサー?ねー、起きてきてー」
扉をノックしながら声をあげる。
「バノッサ早く起きないとカノン君が………っうわっ」
バタンばこんっ
「ぁあ?…何やってんだお前」
「ぃっ…ったー…。今思いっきり額にぶつかったよ!?」
勢いよく扉が開き思わずぶつかる。至近距離でも痛いものは痛い。
「ケッ、お前がとろいからだろーが」
「低血圧でも口の悪さ変わんないよねーでもいきなり開けたのはバノッサだもん!」
むーとふくれる。これもほとんど日常化してしまった一つだったりする。…なんかやだけど。

ふわり、ふわり

(あー…まただ)
は目敏く見つけ心の中で首を傾げる。一緒にいるようになってから見つけた。言わないのは二人が気付いていないからだ。
バノッサの周りを取り囲む淡い靄。カノンもそうなのだが、二人の周りにそれはある。

原理は知らない。

理由は分からない。

ただ護る様に空気の様に揺らいでいる。
カノンはほのかな朱。そしてバノッサはというと―――

(紫っぽいんだよねー…どう見ても)
何か意味はあるのだろうか。
本人達に聞きたい所だがどーも見えていないらしい。むむーと悩んでいると不意に上から声がかかった。
「おい」
「へっ………」
ばべしっ
頭にチョップをくらった。ものすごくいい音がした。……地味に痛い。
「なにボケっとしてやがる」
「ぅわったっ?!いきなし何すんの!」
「るせぇ。人の顔見ながら考え事すんな」

どうせロクでもねぇ事だろうが

うわひっどいな

「あ−もう…とりあえずカノン君待ってるから行こう?」
本人達も気付いてないならまだいっか。と思考を切り上げる。


ここ、リィンバゥムは私のいた世界と全然違う。言うなればファンタジー。(ねこ魚がいた時は本当に驚いた。生き物として)
王がいる。領主がいる。騎士もいる。
一歩外に出ればはぐれ召喚獣もいるし盗賊もいるらしい。
ちなみに夢という逃避は初日から棄ててしまった。
唯一の救いは読みと話せるという事。理由は分からないけど助かっていたりする。今はバノッサ達から字を教わっているところだ。





「今日はさんはどうするんですか?」
「んー…アルク川だっけ。そっちに行こうかなと思ってる」
「そういえば、もう少しすればアルサックの花が咲きますねぇ」
「アルサック?」
「ええ。きれいな花ですよー。満開になったら3人でお花見しましせんか?」
「それいいねー」
にへらっと笑うとふわりとカノンに笑い返される。
「…間抜け顔」
「なにさ美白ー」
「手前ェっ」
「食事中に喧嘩するのは止めてくださいね?」
『…はい』
仲が良いのはいい事ですが。
その言葉に反論しまた喧嘩が起きるまで後1分。











「最近バノッサさんが楽しそうなんです」
さんのおかげですね。と嬉しそうに笑うカノンにはぴしっと固まった。
「………………楽しそう?」
「ええ」
あれのどこがっ?!
思わず叫ぶ。ちなみに話の中心人物はここにはいない。だってここは台所。ある意味カノンの聖域だ。
…話がずれた。

「楽しそうって…本当に?あれどーみても私の神経逆なでさせて楽しんでるだけに見えるんだけど」
ついでにいえば私にとって楽しくない。なんか子ども扱いされてるみたいで。
「本当ですよ。さんが来てからあんなに楽しそうなバノッサさんは久しぶりに見ました。さんのおかげです」
有難うございます。と言われお礼を云って言いのか判らず頬をかく。
「……心中複雑なんだけど」
「はい」
「うー……でもまぁ、ずっと傍にいたカノンがそう云うのならそうなのかもね」
でもね、カノン君?と笑いかける。
「私から見れば、カノン君は充分バノッサの居場所だと思うよ」
「居場所、ですか?」
「うん。帰る場所があれば、何処にいても戻ってこれるし。本人が気付いてる気づいてないはともかくとしてさ」
「そう…なんでしょうか」
「でなきゃ一緒に暮らしてないんじゃない?あの性格だし。
 気を許した相手は無下にできなくて、嫌いな対象にはとことん嫌悪するタイプだと見てて思ったんだけど」
違う?と首を傾げるとその通りです。と返された。
「そうなるとさんも気を許された側ですね」
「………………いやいや。私はそこいらの雑草位の扱いだと思うんだけど」
ぱたぱたと手を振って否定するとそんなことないですよ。という押し問答が数回飛び交う。

どうしたもんかなぁと苦笑していたら





ぐるりと
意識が廻った。


「! さんっ?!」

カノンの焦った声が遠くで聞こえる。
ああ、なんかいつも心配かけてるみたいだこれじゃぁ
いや実際そうなのだろうけど。









気がつくと、

カノンはいなかった。というか、つい先程までいた部屋ではなかった。真っ白な空間、とでも言えばいいのか。
きょろきょろと辺りを見回し、ふと足元を見ると深底の方で何かが蠢いていた。
灰色とも黒とも云えない色の渦。まるで台風の目みたいだとその現象を眺めた。
底の方から風が吹き上げられる。言いようもない圧迫感が突如の身体を襲った。思わず顔を腕でかばう。
足元から伸びてきそうな嫌な感じの寒さが気持ち悪い。
渦に巻き込まれるように一つの光が明滅している。…泣いて、いるのだろうか。何処からか悲しい声が聞こえてきた。

その思念に応えたくて、けれど応えられなくてもどかしい気持ちになる。



ど う し て だ れ も き づ か な い


こ ん な に も 啼 い て い る の に


せ か い が




せめて、この子は助けなくてはと灰色に光るそれを私は救い上げた。

(その子を助けるのか?)

頭の中で声がする。よく知った、なつかしいこえ
たすけたいとその声に応えると声が微笑った気配がした。

(なら、君の望むようにすればいい これは餞別だ)

銀色の丸い型に薄紫の石が嵌め込まれたペンダントトップ。三日月のようなそれが掌に収まる。

(私の代わりに 君を護ってくれる)

声が遠のくのに気付き慌てて声を上げる。

「     」



視界が白く焼けた。




目を開けると心配そうなカノンがこちらを見ていた。
「カノン君…」
「よかった…いきなり倒れたんですよ?」
「ごめん、なさい。…どの位、気を失ってたの?」
ほんの数分でした。と云うカノンは安堵の表情を浮かべている。
もう一度ごめん。と言って困ったように頬をかく。そして手の中の”在る筈のないもの”に唖然とした。
「? どうしたんですか?」
「あーうん…。うん、なんでもないよ」
そうですか?となおも聞くカノンにこくこくと頷き、平気だよと笑った。…ほんの少し顔を引きつらせながら。
「でも心配なので部屋で休んでていいですよ?あとは殆どすることもないですし」
「え、でも…」
にっこりと微笑まれた。
「休んでいてください」
「…………ハイ」






笑顔で部屋に送り出され、パタンと扉を閉めるとは思いっきりため息をついた。ずるずるとベットに座り込み、脱力する。
「……ってゆうかさぁ…普通夢だと思うじゃん。なんであるのよー…」
”在る筈のないもの”――円形の銀のペンダントトップを生温い目で見ながら呟く。
「靄もそうだし…此処は何でもありか?ありなのか?…しかもそれに慣れそうな私が怖いー…」
あーうー。と、ごろごろと寝返りをうちながら唸る。髪がぼさぼさになったが今は気にならなかった。一通り転がりまわった後、顔だけ上げてそれを見つめる。
捨ててもいいけどそれもなぁと思う。あの声を聞いた後じゃ、捨てたらどうなるか判らない。
「『護ってくれる』、ねぇ……」


嵌め込まれた紫の石が光に反射し、鈍く光った。













08/1/8 up