ふわりふわり、と雪が降りつもる。まるで全て覆い隠すみたいだとは歩きながら思った。それは昔、従姉のお伽話を聞いたのを思いだしたからかもしれない。

−君、は…力が…ほしい?…−

頭に直接響く幼い声。
まただ。とは皆に気付かれない様小さく溜息をはいた。




時間は少し遡る。皆と一緒に行動していたら急に声が頭に響いてきたのだ。
最初、シャルか誰かが話しかけてきたのかと思ったが本人に問うと違うという返答が返ってきた。どうやらスタン達には聞こえていないらしいという事もわかった為、にはどうすることもできない。出来たとしても唯聞く事だけ。…苛立ちは募るけど。
もはや何回目になるか分からない溜息をつきながら、は雪の舞う灰色の空を見上げた。
「どうかしたか?
「ん?なんでもないよ。ちょっと寒いなと思っただけ」
スタンの言葉にが笑いながら返す。実際、吐く息も白い。マリーは平気そうだったがルーティはさっきからぶつぶつと文句を零していた。
その時、ふと前方に気配が増えたのをは感じた。そして微かに流れてくる血の臭い。徐々に険しい顔になるにリオンがどうかしたのかと聞いてくる。
「血の臭い……。誰か来るよ」
「何だと?」
の言葉に自然と皆は足を早める。そしてスタン達が見たのは、傷ついたウッドロウと彼を追い掛けて来た衛兵の姿だった。
こちらの姿を確認するやいなや衛兵達が襲い掛かってき、皆はそれに応戦する。けれど不慣れな土地、そして雪に足をとられ苦戦していた。
けど後少しで敵を倒せる。−誰もがそう思った時、モンスターが現れに攻撃を仕掛けてきた。レベルが低かったので横に跳んでかわしたのだ。

けれどそれがいけなかった。

知らなかったのだ。その下が崖になっていた事を。

「な、きゃあっ」
!?」
がくんと態勢が崩れ、一瞬中に浮く。そして重力によって下へ下へと落ちていった。







−−ボスッ

「っつ〜〜〜。し、下が雪でよかった…」
柔らかい雪だった為外傷はなかった。軽く身体についた雪を払い、自分が落ちてきた所を見上げる。 落ちた時は気がつかなかったがかなりの高さがあるのが見てとれた。
「登るのは…流石に無理か」
そして立ち上がろうとしての左足に鈍い痛みが走り、へたりと座り込んでしまった。どうやら捻ったみたいだ。
(なんか……もー今日はついてない)
はあ、とが溜息をついた時、

声が響いた。

『力が、ほしい?』
こちらに来てから度々聞く、にしか聞こえない声。
「その前に君は誰なの?」
『ぼくは、セドゥ』
相手の言葉が響いたと思うと、すうっと目の前の大気が凝縮し、形作る。現れたのはまだ幼い少年の姿。薄氷(うすらい)色の髪の奥で榛色の双眸が瞬いた。そしてもう一度繰り返す。
『ねえ、力、ほしい?』

それは酷く優しい言葉だった。力さえあれば守れたのではないかと信じていた、昔の私だったらほしかったと思う。けれど…

「…ごめんね。うれしいけど、私は要らない」
セドゥの問い掛けにゆるゆると首をふりながらその申し出を断った。まさか断られるとは思わなかったのだろう。きょとんとした表情で首を傾げられた。
『要らないの?力』
「うん」
『こんなにも、君は弱いのに?』
「だからだよ」 そう言いながら苦笑する。
『?』
「私は弱いから。だから力を手にすればきっと潰れてしまう。扱えない力は(わざわい)を喚ぶから。私はそこまでしてほしいわけじゃないもの」

それに…大切な人達を、仲間である彼等を危険に晒してしまうのだけは、嫌だから。
そう心の中で呟く。

『強いね』
「……は?」
いや、弱いって私。
『強く、優しい。…あの方の言った通りだ』
(…あの方?)
よく分からずが首を傾げるとセドゥが無邪気に笑う。そしてそっと囁いた。
『ねえ?』
「何?」
「力、貸してあげる」
「……え?ちょっと待って。それってどういう…」
『ぼくが気に入ったから』
それが理由なのか。はたまたを試していたのか。意図は分からないがセドゥは新しい玩具を見つけたように嬉しそうだ。
『それにね…だから力を貸すんだ。異世界から来たヒト?』
「!なんで…」
『世界は君の来訪を祝福しているよ。時間は後少ししかないけどがんばって』
ボクは、いつでもの…マスターの力になるから。
その瞬間、の右手の甲が淡く光った。驚いて声を出せないでいると、徐々に光がおさまり、菱形と円が組合わさった様な模様が現れていた。
「…ええっと、これは?」
『契約したんだよ』
「契約…」
頭の中でいくつかの術式が構成され、浮かびあがる。おそらくこれが今使える晶術なのだろう。
と、前方から人の気配が近づくのを感じた。
「っ、!」
「リ、オン…?」
遠くから聞こえるのはまさしくリオンのもの。なんで…とが思っていると、ぼくはしばらくこっちにいるから。と、セドゥは紋様にすぅっと吸い込まれていった。 リオンがこちらに気付き駆け寄ってくる。急いで来たのか息が上がっていた。見ると所々怪我をした様子もある。
「リオン?大丈−−」
「っ、はぁ…この馬鹿が!」
「なっ、閉口一番にそれを言う!?」
「当たり前だ!もっと周りをよく見ろ!」
「仕方ないでしょ。まさかあるとは思わなかったんだから…不注意だったのは認めるけど」
「まったく…本当にいなくなるかと思った
「え?」
小さくリオンが何かを呟いたが上手く聞き取れなかった。
「何でもない。気にするな」
「あー…うん。そういえば皆は?」
「あいつらなら一旦、前の街まで戻った」
『坊ちゃんてばが落ちたから凄く慌てたんだよ−。皆の制止をふりきって此処まで走って来たんだから』
「シャル!」
「…そうなの?」
『そうだよ。にも見せたかったな』
シャルの言葉にああ、だから息が上がっていたのかと妙な納得をする。
「ありがと、リオン」
「フン。………それはそうと、立てるか?」
「……ええっと、左足捻ってしまいました」
そう言うと呆れた様な表情をされた。自分でも馬鹿だと思うので何も言えない。
「あんまり痛くもないし大丈夫だけどね……っつ。ちょ、リオン?」
「何が大丈夫なんだ。明らかに腫れているだろうが」
いきなり捻った方の足首を掴まれ困惑するをよそにリオンは眉をよせる。思わず乾いた笑い声を零すと睨まれたので明後日の方を見やる。
「む−…。本当に大丈夫だってば」
「モンスターに遭遇でもしたらどうするんだ」
「んー。其の時はその時でどうにかなるよ。………多分」
「馬鹿かお前。楽観的でどうする」
「そう言われてもねぇ」
『というかマスター。晶術で治せば?』
「!?」
「あ、それがあったか」
「おい、コイツはなんだ」
『ぼくはコイツじゃない。それよかマスターから離れろ』
「マスター?」
『どういう事ですか?
「色々あってね…ついさっき」
突然現れたセドゥに驚き、訝しげに問うリオンには話は後で。と告げセドゥに向きなおる。
「じゃあセドゥ。少し力を貸してくれる?」
『それがマスターの望みならば』
温かな光が生まれ二人を包み込んだ。