ひらひら ひらひらと白い花弁が空に舞う。優しくて懐かしくて哀しい色。





「…―傷みは蕾となり、いつか倖せとなって咲き乱れるでしょう

 流れる時の砂は、やがて朝焼けの中に溶けていくでしょう

 路(レール)の上からは何が視えますか

 貴方が希った偶像はいつか夢見たものに近づいた、この昊は

 私は謳うことしか出来ないから

 君が好きだと言った、この声が枯れるまで謳い続けよう

 どうか彼方にとって優しい景色でありますように―…」



こんなものか。と手を止めて伸びをする。そろそろ行かないとあの子達がわざわざ家まで呼びに来てしまう。
「今日もいい天気ー」
空を仰ぎ見、目を細めて呟いた。











白雲の尾根からノイシュタットに辿り着いたカイル達だったが、船の修理が未だ終わっていなかった。
「…まぁ、船倉穴開いちゃったもんね」
「こっちは強行軍だったからなー。仕方ないといえば仕方ないか」
だね。と頷くき、とりあえず宿をとろうと方向転換した時だ。


――――微かに、歌が、聞こえた。

驚いては耳を澄ます。後ろの方でカイル達が商人らしき人物につかまっていたが、それに構う余裕はなかった。
雑踏の中、途切れ途切れに流れてくる音色。以前と同じ音。
いつか聞いた、彼女の歌声。
ー、行くぞ」
「あ、うん」
思わず駆け出してしまいそうな気持ちを抑え、話を終えたらしい皆と一緒に歩きだす。
ジューダスとに話を聞くとどうやらカイルは調子にのってしまったらしい。
「英雄願望のカイルらしいといえばカイルらしいけど…」
そして純粋といえば純粋なんだけど、と苦笑する。ルーティよりスタンの血なのかなぁと呟けば、あれは馬鹿なだけだとジューダスが切って捨てた。
「ところで、さっきはどうしたんだ?」
「えー…と、歌、が聞こえたから…」
「歌?」
「うん。…あ、ほらあれ」
が示すと前にを歩いていた3人も気付いたのか立ち止まる。
妙齢の女性は琴らしき楽器をつまびきながら歌い始めた。


夜空星見上げて祈る影佇みける

優しい歌に 蒼き夢落ちて溶けた

いつか道違えても また会えるようにと

この光消えてしまわぬように そっと包みこんだ

諦めた夢の破片 捨てずにしまっておいた

もう戻れないのだと心が泣いた

空は蒼く澄んでいて 私はまた涙を流す

どうすれば止められる?

どうすれば護れる?

絡み合った糸は終焉の淵に

希望は過去の軌跡

時は残酷に虚い 緩やかに加速した

戻れない 戻ることは出来ない

雨の中佇むはぐれた子供

私は助けることができるだろうか?



「綺麗…」
ほう、とリアラが呟く。
一曲歌い終わり、いつの間にか出来ていた人だかりから拍手が送られる。それに返す様に笑いながら女性はふと顔をこちらに向けた。
はた、と女性との視線が合う。女性は最初きょとんとし、見る見る瞳が丸くなり、その後本当に嬉しそうに、微笑った。
女性が一礼をし、少しずつ人だかりが消えていく。かつんかつんとその中を突っ切り、カイル達の前まで歩いてきた。
「こんにちはー」
「こ、こんにちは!」
女性はルシオラと名乗り、旅の人達みたいだったから声をかけたのだと話してくれた。
「歌、すごく綺麗でした」
「ありがとー。ちなみに君達はこの曲、何か知ってる?」
「さっきの曲…?」
カイル達が首をかしげる。は思わず視線を遠くへと投げる。ジューダスはそんなを視界の隅に入れた。ちなみにこちらも微妙な表情をしている。聞いた事あるものね、君。
「確かスタン達一行が18年前、この街に来た時に嘆きの天使が歌った曲だろう?」
二人の行動をみやりながらが愉しそうに答える。
「あら、知ってたのね。そうよー、ただ一人に向けた淡い歌」
あははーと笑い合うとルシオラにいたたまれなくて意識を外に飛ばす。あ、桜きれー。



お願いがあるんだけど、ちょっといいかな?とルシオラは笑った。
「そこの彼女さん、ちょぉっと借りてもいいかしら」
視線の先には。皆の視線が集まるのをひしひしと感じながら、私ですか?と首を傾げてみる。
「うん、貴女」
お話してみたいなぁーって。とにこにことルシオラは返事を待っている。
「ふふ、別に彼女に何もしやしないよ黒づくめの少年君。本当にお話したいだけだから」
「………」
警戒するジューダスに駄目かなぁと首を傾ける。
、行ってくれば?」
「カイル?」
いいの?と聞くとうんと頷かれた。それもそーだなとロニが言う。
「俺らはあの商人とこ行ってくるし。もしそっちが早けりゃ宿とっておいてくれればかまわねーし」
「ジューダスは?」
「………好きにしろ」
ものすごく不満気に言われてもなぁと苦笑いしつつ。リアラとにも頷かれ、それじゃあ借りていくわねーとルシオラがの手をとった。



「とゆーわけで。お久しぶりね、ちゃん?」
「えーと…はい、お久しぶりです」
皆と離れ、桜の樹々に近いベンチに腰を下ろす。
「ちなみに黒づくめの少年君はもしかしなくてもあの時相談した彼かな?」
「…その前に。何で私だと思ったんですか?」

私だという保証なんて何処にもないのに。

18年という歳月が流れてしまっているのに。

ルシオラは変わらないに何の疑いもなかったのだろうか。

の疑問を察したのか、ルシオラが微笑った。
「予感がね、したのよ」
「予感……?」
「そ。『今日は何かありそう』だなーって。そしたらちゃんに逢えた。
『あぁ、ちゃんが戻ってきた』って。表現はおかしいかもしんないけど、さっき本当にそう思ったのよ」
それにね、とおどけた様に肩をすくめる。
「消えたと伝え聞いたけど、死んだとは聞いていなかったもの。ちゃんなら生きてるんじゃないかって、信じてたの」
さすがにあの頃のままだったのは驚いたけどね。そう言うルシオラに思わず涙が零れる。
「ルシオラ、」
「なぁに?」

ありがとう。

彼女は何も言わずにの髪を撫でた。




「まるでふて腐れてる子供のよーな「」…判ってんならそれしまえばいいのに」
心配せんでも平気だろ多分とぼやいてジューダスを見遣る。カイル達は少し先を歩いている為達の会話は聞こえないはずだ。
「なに、そんなに心配?歌い手さんが何かするかって」
「……”何かを言う”なら有り得るんだ」
へぇ?とは片眉を軽く上げる。この分だと昔絡みだなと見当をつける。
「知り合いか?」
「僕は知らん。…あいつは、何度か会っていたらしいがな」
そういうジューダスの表情は見えない。これでやきもちか?などと聞いたら斬られそうだなぁというのは心の中だけに留めておくことにした。











、宝探しに行こうっ!」
「お帰り、カイル、みんな。ところでなんの話?」
宝探しって。
宿屋の一室で武器の手入れをしていたが軽く首を傾げる。
「胡散臭い商人の話をカイルが請けちまってな」
「…カイルらしいね」
まったくだ。と苦笑するに同意する。
場所は?と聞けば、近くの廃坑だという。
「なんでも、イレーヌの遺産だとか」
「イレーヌさんの、ね…。まぁ、」
ちょうどいいか。と口の中で呟き、どうかしたの?と尋ねるリアラに何でもないよと微笑った。




ちゃんにね、お願いがあるの」
そういって手渡された、物。反射的に顔を上げると透明な笑みをたたえて、ルシオラは囁いた。
「あの子に、届けてほしいの―――」





















08/5/28 up