そこで目にしたものは――

「……っ!!」
朱く染まって倒れているフィリアの姿だった。
サァ、と血の気が引く。
光景が、被る。

いやだ

死なないで――

血に染まりゆくフィリアを見下ろしながら、巨漢の男が不愉快気に吐き捨てる。
「弱い、弱すぎる。これがかつての英雄の姿とはな。全く、失望させてくれる。せめて最期の断末魔だけは楽しませてもらうぞ」
「動くな!今すぐフイリアさんから離れろ!」
カイルの声に斧を振り上げようとした男の手が止まった。
「なんだ、貴様は!?」
「よくもフィリアさんを…!このオレが、未来の大英雄カイル・デュナミスが相手だ!!」
啖呵をきったカイルを一瞥し、嘲笑うかのように吐き出した。
「英雄だと?貴様のような虫けらが英雄を名乗るとはな。
 死にたいのか、小僧 」

ぞわり

一瞬にして殺気が充満する。
押し潰されそうな程の圧。
それでもカイルは引かなかった。いや、引けなかったと言った方が正しい。
今引けばフィリアの命を引き止められないのだから―――

そんな冷めた思考の中、に囁いてきた。
…?」
、お前は回復を頼む」
「うん、わかった」
戦闘が始まった瞬間、はカイル達の援護を、はフィリアの元に駆けていく。
が駆け付けた時には既にフィリアの体温は徐々に下がっていた。
「っ!傷が深いな…。ねぇ、あなた」
外傷を見て軽く舌打ちをする。は視線を上げて傍らの少女に声をかけると、彼女は戸惑いながらも応えくれた。
「あ、あたしですか?」
「うん。貴女、名前は?」
「リアラです」
「私は。フィリアを助けたいの。力を貸してくれる?」
…?!じゃああなたが…」
驚きと感嘆を滲ませるリアラの声に訝る様に微かに眉をひそめる。
けれど今はそれにかまける余裕はない。
奇跡的に器官にはそれほど傷はない。ただ、出血の量が多くて今のままじゃ危ないということ。
セドゥの力を借り、ヒーリングミスト、と術を発動させる。
「私一人じゃ回復しきれない。だから、手伝ってくれる?」
「で、でもあたしは…できるかどうか」
「リアラ、可能性を自ら否定するのは駄目だよ」
「え…」
「できるよ、リアラなら。フィリアを助けたいんでしょう?」
「もちろん!助けたい…!」
回復を行いながら顔を上げたの視線がリアラを捉らえる。
「なら平気だよ。何事もやってみなきゃ。…ね?」
こくりと、意思を宿して彼女が頷いた。





ガッッ

「うわぁっ」
「カイルっ!」
「ったく、突っ込むなっつーの」
吹っ飛ばされたカイルの横を擦り抜けがバルバドスに切り掛かる。
ガキン、と斧と刃が擦れ、耳障りな音が響いた。
「!…ほぅ、貴様、なかなかやるな」
「はっ、誉められても嬉しくねーっての」
ぎりぎりと刃を軋ませながら言い返す。力で負けそうになる所を逆に力を抜き、相手が緩んだ隙に後方に跳びさずる。
間を置かずカイルとロニが前に出た。
軽く息を整えながら視線を廻すと横で淡かった光が消え去っていくのが見えた。どうやら達は回復し終えたようだ。
フィリアをリアラに任せ、の傍に駆けよってくる。
、平気?」
「俺はな。カイルがやばそうだから頼む」
走り出すの言葉に頷き、は右手に集中させる。
燈、と手の甲にセドゥと契約した模様が浮かび上がり、言の葉を紡いだ。
「彼の者の傷を癒せ、ヒーリングミスト!」
ぽぅ、と碧い光の霧がカイルを包む。ふと、何かに気づいたが意識を背後に向け――
「ありがと…!うわぁぁっ」
「カイル!」
「な…!、危ないっ」
「っ!」
「うるがぁぁっ」

いつの間に

目の前には巨漢の影。目掛けてブンッと敵の斧が垂直に降ろされた。



ドゴォォン







瓦礫が舞い、砂塵が辺りを覆う。うっすらとした視界の向こうにはバルバドスだけが立っていた。
っ!?」
「てめぇ、よくもっ」
カイルとロニが憤る中、それを削ぐような間延びしたの声が続いた。
ー、平気かー?」
「おい、?!」
「どうにかね」
「!?」
な?平気だったろとが視線を上げる。
振り仰ぐと間一髪で避けたらしいは2階のテラスにいた。
遠目だが、特にこれといった外傷はなさそうなので平気なのだろう。
そう見切りをつけると未だ呆然としていたロニに声をかけた。ちなみにカイルはというとバルバドスに向かっていっている。
「ほれ、ボーっとしてないでさっさと片付けてしまおうぜ」
「あ、あぁ!」




(感が鈍った…)
そんなカイル達を一瞥し、むぅ。とは小さく眉を寄せた。
敵に接近を許してしまったのが悔しい。後、彼が来る気配に気をとられてしまったのも原因か。
眼下で繰り広げられる戦闘はややこちらが劣勢だ。
いっそ晶術で不意打ちを狙おうかと考えていると、見知った気配が動いた。その直後にドスッという肉を貫いた音が空間に響く。
「ぐあっ!き、貴様は…っ」
「受け取れ、カイル!」
「さんきゅ、ジューダス!てやあぁぁっ!!」
発せられた声にカイルは従い、そして勢いよく剣をバルバドスに向けて振り下ろした。


「ぐあぁっ!…く、くっくっく…。まさか、我が飢えを満たす相手がこの世界にいようとはな」

カイルに刺され、僅かによろめきながらも可笑しそうに嗤いだす。

「名乗り遅れたな。我が名はバルバドス。…カイル・デュナミスと言ったか。その名、覚えておこう」

ごぷ、とバルバドスの背後に黒い裂け目が現れ、飲み込むようにして消えていくのを皆は見つめていた。





「ジューダス…」
小さく呟いたのにの声が聞こえたのか、ジューダスが振り仰ぐ。
…微妙に怒っている。先程の事についてなのだろうか。
うわぁと心の中で悲鳴を上げていると、下からが手招きしているのが見えた。
これ幸いにとんっと軽い音を立ての横に飛び降りる。
「大丈夫かー?」
「うー…敵に気付かなかったなんて。不覚だった」
「術発動するときは俺等の後ろにいとけ?」
「…さっきもの後ろにいたんだけどね。これからは周りも気をつけるよ」
それより、後ろの視線が痛い。と小さくぼやくと、あっはっはっ頑張れよーと可笑しそうに返された。
「ところでフィリアの容態は?」
「平気だぜ。とあの少女のおかげでな。今、カイル達が部屋に連れていってる」
「そっか…。さて、と。じゃあ私もフィリアの所に行こう――」
「…………
「ふみゃっ」
か。と言おうとしたら、ジューダスに捕まえられた。
と同時に腕を掴まれ歩き出す。
「わ、ちょっと、ジューダス!」
を借りていくぞ」
「おぅ。構わねーよ。俺はカイル達についていくから」
いってらーと無情にも見送られた。