それは、夢だった。

悲しい。悲しい夢。

手を伸ばしてもその手は届くことはなく
彼は、何かを言った。


「……なんで、…」
また、変わらない朝が来た。
「なんで……そんな悲しそうな顔、してるのよ君は」
名前が思い出せない。
まるで靄がかかったかのように。
「君は……一体誰なの…………?」





「じゃあね、
「或都、柚聡、また明日」
「気をつけてね?知らない人についてかないよーに」
「私は子供ですか」
「あはははは」
そんな軽口をたたきながら友人達と別れた。

「ただいま」
「おかえりー。お邪魔してるよ」
「紀伊従姉さん?」
ぱたぱたと居間に行くと久しぶり。と従姉妹である紀伊奈が笑って出迎えた。彼女は趣味で紅茶店を開いており、たまにブレンドしたのを持ってきてくれるのだ。
「そろそろ切れる頃かなと思って持ってきたよ」
「うわぁ、いつもありがとう。紀伊従姉さん」
ふわり、と茶葉の香が鼻をくすぐる。紀伊奈のいれた紅茶はいつ飲んでもおいしい。そんなをみて紀伊奈はくすりと笑った。
「―――よかった。少しは元気でたみたいだね」
「え?」
顔に出てたよと言われ、はうつむく。
紀伊奈は新しく紅茶を入れての前に出す。暖かな湯気と、水面に映る自分の表情が見えた。
「私に話せるのなら話してほしい。抱え込むばかりじゃ、どうしようもない事もあるから」
そう言って紀伊奈は静かにが話してくれるのを待った。
紀伊従姉さんは優しい。こうやって私が話せるまで待ってくれる。
やがて、は口を開きぽつぽつとあの夢のことを紀伊奈に話し始めた。
「―――夢を、見た」
「夢?」
「うん…」
ここ最近見る夢の話。

遠くで誰かが笑い、時には喧嘩して。

知っているようで、知らない光景。

−それは薄靄に包まれている感覚と似ていた。

そして最後には必ず、誰かが私を必死になって呼んでいた。

深い深い紫水晶のような瞳が『私』を映す。

その人がこちらに手を伸ばして、


「…そこでいつも夢は終わるの」
目が覚めると、何故か喪失感が残り、胸が痛くなる。
きみは、だれなのだろうか
「……は思い出したい?」
「うん。だって……失った大切な何かは、その中にあると思うから」
「そっか…。けど多分失ってはいないよ」
「え………?」
「ヒトの記憶で思い出せないものは全て心の中に封印されているだけだから」
だから大丈夫。と紀伊奈は微笑む。

「扉はの中にあるよ」