軽く息を整えて目の前の玄関をみやる。
何故か玄関のドアの横に荷物用ダストシュートらしきものがあったりするのだが其れはいつもの事。は気にせずそこに学校鞄を放り込み、 意を決してドアを開け放った。
普通の家庭であればそこは玄関なのだがこの家は家主が家主である。

ドカッ、バキッ、ザンッ!

通常、普通の家庭では有り得ない音が家の中に響きわたる。音の正体は槍やら斧やら落とし穴や様々な武器のトラップ。本当、普通の家ではない。
そんな中、はトラップを軽々と避けて一番奥の部屋の前まで来た。
その部屋には鍵がかかっていたのだがが針を取出してから数秒後、カチャンと小さく音を立て開いた。深呼吸して静かに扉を開ける。
「4分46秒。久方ぶりとはいえ結構早かったね。
「紀伊従姉さん…」
「まぁ、小さい頃から似たような物仕掛けていたから慣れちゃうのは仕方ないかな」
にこにこと笑いながらこちらを見ていたのはこの絡操屋敷(弟命名)の家主、従姉妹の紀伊奈であった。
場にそぐ合わない空気の紀伊奈に溜息をつき、意識を切り替えては紀伊奈を見つめた。

「私ね、記憶戻ったよ」
「うん」
「私がこの世界からいなくなった間のこと、全部思い出した」
「うん」
「最初はね、記憶を失ったのってショックだったからかなと思った」
「うん」
けど、それは違った。
そう呟いたを紀伊奈は静かに見ている。
「ねぇ、紀伊従姉さん?」
「なに?」

「…私の記憶を封印したの、紀伊従姉さんでしょう?」




あの後私は、は光と共に消えた後、真っ白な空間にいた。ふわふわと意識がまどろんでいる。

(…結局、私は…何も出来なかった)

ふ、と自嘲する。ああなるのを知ってて、私は彼等を止めなかった。

(けど、リオンもスタンも、傷つかなくてよかった…)

あのまま止めなければきっと、スタンはリオンに重傷を負わせて、自分も傷ついただろうから。

(これで…よかった、んだよね?)

エクスフィト、と呼ぶとすぅ、と輪郭を浮かび上がらせる。しかしそれは彼女ではなく…漆黒を身に纏った女性だった。

(だ、れ?)

『我は混沌と呼ばれている者。エクスフィトからの伝言を伝えにきた』

(――伝言?)

そうが呟くと、すっ、と混沌がこちらに近づいてきた。
怖い感じはなく、むしろ懐かしい。

『…この世界にいたという君の記憶。その記憶の扉が閉まりかけている』

記憶の扉。閉まればもう、思い出すこともないと混沌は淡々と告げた。
どうしたい。と混沌はに問う。

(私、は………)

『選ぶのは―君だ』

そう告げて水銀色の鍵をの掌におく。

『扉に鍵をかけるのもよし。
 記憶と共に在るのもよし。
 …君が選んだ時、我の元を訪れよ』


すぅ、と意識が遠ざかる。

『我を探せ―――





「紀伊従姉さん」
「……残念だけど、それは私じゃない」
の問い掛けに緩く否定する。
「私はあの人ではないけれど、あの人は私。彼女の存在は私がよく知っている」
かたん、と座っていた椅子から立ち上がり、紀伊奈はの前に立つ。
「彼女の代わりに私が聞くね。―――はどうしたい?」
「私、は………」

いけない事なのかもしれない。

望んではいけない事かもしれない。

けれど、けれど私は……。

「……い、たい」
つぅ、と涙が溢れ、ぽろぽろと零れ落ちる。
「会いたい、よ…」


リオンに、あいたい。










「うん。じゃあ会いに行こうか」


「………………………………………え?」

思わず従姉の顔を見る。もう一度、え?と呟くとにこにこと笑って言った。
「会いにいこうか」
「ちょ…ちょっと待ってよ紀伊従姉さん。え、何どういう事?」
「いやだから会いに行けば?と」
「紀伊従姉さん話聞いてた?!あちらの世界に行く方法なんてないんだよ!?」
「あはは。実はあるんだなぁこれが」
「…はぁぁっ!?」
呆気にとられていると紀伊奈がしてやったりという顔をしている。
「さて、突然だけどに問題。私の職業は?」
「……紅茶屋さん?」
少し考えてが口にする。紀伊奈はネットで紅茶葉のオリジナルブレンドを販売している。
しかし、それは趣味だからと返された。頭を悩ますに紀伊奈は微笑む。
「んー正確には私達一族のお仕事。表舞台には滅多に出ないからが知らないのも当然なんだけどね」
「えっと…どういう事?」
くすり、と紀伊奈は笑みを深める。
「こんな昔話を知ってる?

 ――古来より、世界と世界の平衡を保つ為に橋渡しを担う一族が存在したの。
 彼等の名は羽白。名前の通り羽を持つ種族だった。
 けれど人は自分達と違う彼らを恐れた。
 そのせいもあり、様々な時代で迫害され一族も散り散りになったわ。

 ――それでも彼等の血は脈々と承け継がれてきたの」

―羽白―
それは、遙昔に忘れ去られた一族の名。

「私達はその一族の末裔なんだよ」
「羽白の、末裔…?」
なんだかとてつもない夢物語を聞いているみたいだ。驚くのは無理ないよ。と紀伊奈は苦笑する。
「信じる信じないはに任すよ。けれどね?今でも世界と世界の橋渡しは行ってるの」
それで物は相談なんだけど。と紀伊奈が話を切り出す。
「エクスフィトからとある依頼が入ったのよ。…行きたい?」
「エクス、フィト…から?」



行けるの?

本当に、彼等の世界に…?







は、どうしたい?」